会話をしていると、ある瞬間、ひとつのことについて話していたはずが、実はもっと大きな何かについて語っていたのだと気づくことがある。

私はミシェル・ンデゲオチェロに、ニュー・アルバム『シノシム』について話を聞いているつもりだった。だが、インタビューを終える頃には、本当にそうだったのか分からなくなっていた。 言葉、コラボレーション、ベース、アレンジ、アフリカ音楽、メロディ、アイデンティティ、そして年齢を重ねること――彼女がどのテーマについて語っていても、繰り返し立ち返ってくるのは、ひとつの考えだった。自分自身を中心に据えることをやめ、もっと大きな何かに奉仕し始めたとき、何が起こるのか。

その考えは、『シノニム』というアルバムにとりわけ相応しい。この作品には、シンシア・エリヴォ、チャカ・カーン、キャット・パワー、リアン・ラ・ハヴァス、モーゼス・サムニー、エミリー・キング、リズ・ライトといった、実に多彩で卓越したアーティストたちが集結している。しかし、彼らの参加は単なる豪華ゲスト出演ではない。彼らは、より大きな対話の一部なのである。

アルバム・タイトルそのものが、そのことを示唆している。「私は言葉を愛しているの」とミシェルは私に語る。「特に語源や、言葉がどのように変化し、姿を変えて行くのかに魅力を感じているの」彼女にとって『シノニム』とは、人々が作り出してしまう様々な境界線に対する、穏やかな問いかけである。「私たちは、思っている以上に似た存在なのよ」と彼女は言う。「誰もが愛されたいと思っているし、自分自身で意味付けられる人生を持ちたいと願っている。そして、誰もがきれいな水を望み、美味しい食べ物を望んでいるのよ」

それはとてもシンプルな考え方である。しかし同時に、できるだけ早く人々を何らかのカテゴリーへと分類しようとする現代文化の風潮には逆らう考え方でもある。ミシェルは30年以上に渡り、まさにその衝動に抗い続けてきた。「人は、何かをすぐに一般化したりレッテルを貼ろうとする。それを売りやすくするためにね」と彼女は言う。彼女自身も、その傾向を身をもって経験してきた。「『あなたは昔、怒れる若き黒人女性だった』と言われたことがあるの。でも私は『違う、それはあなたが当時起きていたことをそう定義しただけ』と答えたの」彼女を悩ませるのは、意見の違いではない。人を単純化してしまうことである。「そんな風に私のことを簡単に決めつけたり、私の人生を『クリフ・ノーツ』みたいな要約版で済ませたりしてほしくないのよ。もっと深く私という人間を知ってほしい」

子どもの頃を振り返ると、後になって全く異なる音楽ジャンルへ分類されることになるアーティストたちが、同じラジオ局から流れていたことを覚えているという。「私は、フリートウッド・マックとスティーヴィー・ワンダーが同じラジオ局から流れてくるような環境で育ったの」と彼女は語る。「私が育った頃には、人種による区別や、R&Bとポップといった区別はなかった。良い音楽は、ただ良い音楽だった」

そうした、明確な境界線を受け入れようとしない姿勢は、『シノシム』の随所に表れている。アルバムを聴きながら、私は何度も、多くの楽曲が「聴き慣れているようでいて、同時に初めて聴くようでもある」という感覚を覚えた。インタビューの途中、私は彼女に、この作品とともにひとつの旅をしているような感覚がある、と伝えた。それは最高の意味で、「サウンドの面で聴き手に挑戦を投げかけてくる」旅でもある。知っているつもりだった曲が、突然、これまでとは違う聴き方を求めてくるのだ。知っているつもりだった曲が、突然、これまでとは違う聴き方を求めてくるのだ。

話題はコラボレーションと芸術的自由へと移り、彼女が音楽を決して個人的な営みとは考えていないことが、すぐに明らかになった。私は数年前、ロンドンで彼女のライヴを観たことを話した。そのとき私の心に強く残ったのは、自己顕示でもなければ、卓越した技巧でもなかった。もちろん、そのどちらも十分に備わっていた。しかし、何より印象的だったのは、彼女が完全に音楽の中に存在していたことである。バンドの前に立っていたのではない。バンドの真ん中に深く溶け込み、その一部としてそこにいた。私には、それこそが魔法のように感じられた。

「そう、それはもう超越的な体験なの」と彼女は言う。「ミシェル・ンデゲオチェロは“バンド”なのよ」そう言って彼女は笑う。だが、その言葉は冗談ではない。実際、”Meshell Ndegeocello is a band”というフレーズは、彼女のライヴ会場で販売されているマーチャンダイズのTシャツにもプリントされている。

私たちの会話は、何度も何度も、セレブリティではなくコラボレーションというテーマへと立ち返る。彼女が最初に声をかけたアーティストは、シンシア・エリヴォだった。「私はシンシア・エリヴォの大ファンなの。『ウィキッド』は少なくとも18回、多分22回は観てるわ」エリヴォが参加を承諾したとき、自分たちのチームはみな信じられない思いだったとミシェルは振り返る。「彼女が『やります』と言ってくれたときは、私たち全員あまりにも驚いてしまって、そのことについて話すことさえできなかったの」そう語る彼女は、その後の出来事を思い出して笑う。「チームのみんなには『あなたは行っちゃダメ』と言われたの。私が完全に舞い上がってしまうことを分かっていたのね。本当に、まともに機能しなかったと思うわ」

しかし、彼女の心に最も残ったのは、エリヴォの寛大さだった。「彼女は私と一緒に歌ってくれたわ。私に対抗するのでも、私を上回ろうとするのでも、私を支えるだけでもなく、本当に私と共に歌ってくれたのよ」そのことを振り返りながら、彼女はこう語る。「本当に音楽とその技術を愛している人たちにとって大切なのは、最高の一曲を作ることなのよ」

そうした精神は、アルバム全体を貫いている。モーゼス・サムニーは、ある曲のアレンジをあまりにも大胆に作り変えたため、ミシェルはその曲を一から組み直さなければならなかった。また「ビー・リアル・ブラック・フォーミー」にエミリー・キングが参加したのも、その楽曲には自分一人では与えられない何かが必要だとミシェルが気づいたからだった。「時には謙虚にならなければね。『助けが必要です』と言えるだけの寛容さを持たなければならないわ」

今回の対話の中でも、とりわけ印象的だったのは、長年のコラボレーターであるエイブ・ラウンズについて語った場面である。「私はエイブが21歳の頃から知っているわ」長い間、知識を伝える側だったのは彼女の方だった。しかし彼女は、創造的な関係性がどのように変化していくのかについて、温かい口調で語る。「以前は、私が彼にいろいろなことを教えたり、知識を身につけてもらおうとしていた時期があったわ。でも、私は恐竜じゃありませんから」そして彼女は続ける。「ある時、気付いたの。若い人たちは単にエネルギーがあるとか、流行に敏感だとか、若さがあるというだけではない、もっと多くのものを持っているのだと」ラウンズの影響は、『シノニム』の随所に聴き取ることができる。「ビー・リアル・ブラック・フォー・ミー」にエミリー・キングが参加するきっかけとなったのも、彼が見た一つの夢だった。そしてミシェルは、このアルバムを何度も、真に共同制作によって生まれた作品であると表現する。「私は本当に、この作品はあらゆる意味でコラボレーションについてのレコードだと感じているわ」

エイブ・ラウンズ
エイブ・ラウンズ、イスタンブール・ジャズ・フェスティバル|写真:ザフェル

次第に彼女は、自らが表舞台に立つ「主役」であることよりも、舞台裏で音楽全体を組み立てる設計者としての役割を強く意識するようになっている。「私はこれから先も、いわゆる“歌姫”になることはないし、偉大なジャズ・シンガーになることもないと思う」と彼女は語る。「私の才能が最も生かされるのは、アレンジとプロデュースなんだと思う」

彼女の作品から私が感じ取っているものを言葉にしようとして、やがてひとつの考えにたどり着いた。彼女の音楽はしばしば、まるで原子レベルで作用しているかのように感じられるのだ。音の響きそのものに意味があり、音と音の間にある空間にも意味がある。そして、音の質感にも意味がある。そう伝えると、彼女はすぐに理解してくれた。「確かに私は、音楽を原子レベルで感じている。音というものが物理的に存在している、その現実にとても惹かれるのよ。音は波となって私たちの身体の中に入ってくる。私はバンドをひとつの“分子”のように考えているの。すべての要素が一緒になることで、初めてその音楽になるのよ」この言葉は、彼女の音楽について多くのことを物語っている。彼女が求めているのは、楽曲が単に耳で聴かれることだけではない。それと同じくらい、身体で感じられることなのだ。

彼女は『シノシム』について、その両方を同時に併せ持つ作品だと語る。「私にとって『シノシム』はパーティーなのよ」その一方で、リスナーにはこの作品が「じっくりと親密に聴くためのアルバム」であり、同時に「とてもパーソナルな作品」でもあることを感じてほしいと言う。そして『シノシム』の制作を通して得た最大の学びのひとつが、メロディの持つ力だった。「メロディは永遠なの」これらの楽曲に改めて向き合うことで、アレンジやプロダクションのスタイル、ジャンルが変化しても、最後まで残り続けるものは何なのか、彼女は深く考えることになった。「アイランド・イン・ザ・ストーム」は、彼女の言葉を借りれば、ほとんど数学的なパズルのような曲になった。一方、「ビー・リアル・ブラック・フォー・ミー」からは、また別のことを教えられたという。「『ビー・リアル・ブラック・フォー・ミー』という曲はずっと『これ以上、何も足さなくていい』って、私たちに語りかけていたわ」

『シノシム』の制作を通じて生まれたのは、ソングライティングそのものへの新たな敬意だった。「素晴らしいメロディを書くことは、ひとつの才能だと思うわ」と彼女は言う。しかし、すぐに自分の言葉を言い直す。「“才能”と言ったけど、そこに多くの努力があることも分かっているの。これはひとつの技術なのよ」自分が書いたものではない楽曲をアレンジするとき、彼女には独自の哲学がある。「曲そのものが“服”だとしたら、私はそれをきちんと着こなしたい。でも、そこに少し違ったアクセントも加えたいの。たとえばベストを脱いでみるとか。そうやって、自分らしいものにしていくのよ」その感覚のルーツは、かつて彼女がゴーゴーを演奏していた時代まで遡る。ゴーゴーとは、パーカッションを重視したエネルギッシュなファンクとヒップホップのサブジャンルである。「ゴーゴーやヒップホップには、元々あるものを取り入れて、それを自分自身のものにしていくという考え方があるわ」

しかし、アレンジを変えることが楽曲を自分なりに解釈する行為であると同時に、そこには原曲への敬意もある。どれほど姿を変えても、中心にあるのはあくまで「曲」なのだ。彼女のベース・プレイとアフリカの音楽的伝統との間に感じられる響きについて私が触れると、ミシェルの表情がぱっと明るくなった。彼女は、フェラ・クティ、ミリアム・マケバ、ウム・サンガレといったアーティストの音楽を初めて教えてくれた人々について、深い愛情を込めて語る。「私はアメリカで生まれ育った人間で、自分がどこから来たのかを知っている、という素晴らしさを持っていないわ」と彼女は語る。

そして彼女は、そうした音楽的ルーツと出会ったときの感覚について語る。「一度、祖国、つまりすべての始まり、この人生と呼ばれる状況の始まりへと導かれたとき、それはまるで水のようだったわ。ずっと探し求めていた水だったの」さらに彼女は、フェラ・クティの音楽についてこう語る。「フェラの音楽を聴くと、一人ひとりにそれぞれの役割があることが分かる。その織物を形作っている自分のパートから外れてしまえば、全体がほどけてしまう」ジェームス・ブラウン。パーラメント=ファンカデリック。そしてゴーゴー・ミュージック。そのどれにも通じている教えは、常に同じだという。偉大なバンドとは、彼女の言葉を借りれば、「ひとつの生命体のように演奏する」のである。それが可能になるのは、一人ひとりのミュージシャンが自分自身を前面に押し出すのではなく、音楽そのものに奉仕しているからなのだ。

会話が終わりに近づくにつれ、それまで語られてきたすべてが、ひとつの考えへと収束していくように感じられた。「時には、自分が何のためにそれをしているのか、その目的に立ち返らなければならないと思う」彼女は少し間を置いて、こう続ける。「そして、その目的は自分自身のためではない。ここまで来られるなんて、思ってもいなかったわ」

やがて自分にも演奏できなくなる日が訪れるかもしれない。そんな未来にも思いを巡らせる。「いつか、私の手も思うように動かなくなるでしょうね。でも、もしどちらかを失うのなら、耳ではなく目のほうであってほしい。私は本当に音を楽しんでいるから。ただ、音楽が大好きなの」

そしてインタビューの最後に、彼女はもうひとつ大切なことを付け加えた。『シノシム』の収益の半分は、アメリカ自由人権協会(ACLU)に寄付されるという。「これは私にとって初めて、自分のためだけではないアルバムなの」「この作品が売れてほしいと心から思うのは、助けを必要とする人たちがいるからなのよ」

会話を終えて心に残ったのは、素晴らしい音楽そのものだけではなかった。その音楽の根底に流れる哲学だった。謙虚さ、好奇心、コラボレーション。そして、私たちが自分自身や互いに貼り付けているあらゆるラベルの下には、実は私たちは思っている以上に近い存在なのかもしれない、という信念。つまり、それこそが『シノニム』なのである。


ジュモケ・ファショーラは、ジャーナリスト、放送キャスター、ヴォーカリストとして活躍し、現在はBBC Radio 3、BBC Radio 4、BBC Londonで、芸術・文化に関するさまざまな番組のプレゼンターを務めている。