ギル・エヴァンスがジャズ史に残した功績は、いくら高く評価してもし過ぎることはない。卓越した編曲家、作曲家、バンドリーダー、そしてピアニストとして知られた彼は、謎めいた人物であり、私生活をほとんど明かさなかった。その一方で、人を惹きつける温かな人柄でもあったとも言われている。本人は自己宣伝を徹底して嫌い、その姿勢に周囲の関係者がやきもきさせられることもしばしばあった。
独学で音楽を身につけたエヴァンスは、並外れた聴覚とアレンジ能力を備えていた。彼の名が語られる際、まず思い浮かぶのはマイルス・デイヴィスの歴史的作品『クールの誕生』における編曲家としての役割である。しかし、その仕事は決してそれだけではない。ケニー・バレルとの共演から、自らのジャズ・オーケストラを率いた作品に至るまで、その創造力は実に幅広い分野へ及んでいる。

クール・ジャズ、さらにはジャズ・フュージョンの発展に重要な役割を果たしたエヴァンスは、イングリッシュ・ホルン(コーラングレ)、フレンチ・ホルン、チューバといった、当時のジャズでは珍しかった楽器を積極的に編成へ取り入れた。
多くのジャズの巨人たちも、その功績を称えている。ハービー・ハンコックは彼を「真の革新者」と呼び、「ジャズの可能性を広げた人物」であると語った。またウェイン・ショーターは、「彼のアレンジはまるで交響曲のようだった」、「彼は私たちのために新しい扉を開いてくれた」と回想している。
以下では、この伝説的な音楽家がジャズに残した計り知れない足跡を示す代表作を紹介する。
ギル・エヴァンス・オーケストラ『グレイト・ジャズ・スタンダーズ』
『クールの誕生』や『Miles Ahead』でマイルス・デイヴィスと共に成功を収め、自身のアルバムも発表していたエヴァンスは、1958年に『グレイト・ジャズ・スタンダーズ』の制作へ取りかかった。
本作では、繊細で感情豊か、しかも奥行きのあるアレンジによって、よく知られたスタンダードに新しい命を吹き込む彼の才能が存分に発揮されている。冒頭を飾るビックス・バイダーベックの「ダヴェンポート・ブルース」は、ギルのオーケストラによって静かな力強さを帯びた作品へと生まれ変わる。
さらに、セロニアス・モンクの「ストレート・ノー・チェイサー」は、エヴァンス独特の洗練された筆致によって新たな輝きを放つ。そしてアルバムを締めくくる唯一のオリジナル曲「ラ・ネヴァダ」は、ポップスのエネルギーを色濃く宿した力強いフィナーレとなっている。
ギル・エヴァンス・オーケストラ『アウト・オブ・ザ・クール』
ギル・エヴァンス・オーケストラ アウト・オブ・ザ・クール
Available to purchase from our US store.『アウト・オブ・クール』は、エヴァンス作品の最高傑作と評価する声も多いアルバムであり、『グレイト・ジャズ・スタンダーズ』で確立したアプローチをさらに発展させた作品である。
アルバムは前作のラストを飾った「ラ・ネヴァダ」で幕を開ける。しかし今回は、疾走感溢れるボップス調ではなく、エルヴィン・ジョーンズのシェイカーが印象的な、よりクールで落ち着いた解釈へと大胆に作り替えられている。演奏時間も約9分長くなり、この名盤に相応しい壮大な幕開けとなっている。
アルバム全体を通じて、クルト・ヴァイルとベルトルト・ブレヒトの「ビルバオ・ソング」からジョージ・ラッセルの「ストレイタスファンク」に至るまで、エヴァンスの見事なアレンジがそれぞれの楽曲へ新たな生命を吹き込んでいる。
また、彼自身のピアノ演奏も実に見事である。ソリストを支えるコンピングと、自ら前面に出る演奏を自在に行き来するものの、決して自己主張し過ぎることはない。その姿勢は彼自身の人柄そのものでもあり、作品全体を支えながら、他の演奏者を引き立てることに徹している。
ケニー・バレル『ケニー・バレルの全貌』
ケニー・バレル ケニー・バレルの全貌
Available to purchase from our US store.『ケニー・バレルの全貌』は、ジャズ・ギターの名盤として名高いだけではなく、ギル・エヴァンスが他人の作品へ情感と深みを与える並外れた能力を示す作品でもある。
アルバムは、スモール・コンボによるブルース3曲、ジョージ・ガーシュウィンの「プレリュード第2番」のギター・ソロ、そしてギル・エヴァンス・オーケストラとの共演5曲によって構成されている。
シリル・スコットの「ロータス・ランド」をエヴァンスは豊かで複雑な和声を用いて繊細に再構築し、その上をケニー・バレルの流麗で歌心溢れるギターが優雅に舞う。その姿は、ハービー・ハンコックが語った「ジャズの可能性を広げた」という言葉を正に体現している。
マイルス・デイヴィス – 『クールの誕生』
マイルス・デイヴィス クールの誕生 [ハイブリッドSACD]
Available to purchase from our US store.ギル・エヴァンスの影響力はマイルス・デイヴィスとの仕事だけに留まらない。しかし、『クールの誕生』を外して彼を語ることはできない。1949年と1950年に行われた3回の歴史的セッションから編集されたこのアルバムは、そのタイトル通り、従来のビバップやハード・バップとは異なる、穏やかで洗練された「クール」なサウンドを提示した。
この録音でマイルスは、従来あまり用いていなかったフレンチ・ホルンやチューバを含むノネット編成を採用した。セッション全曲をエヴァンスが編曲したわけではないが、複雑な和声感覚から楽器編成に至るまで、彼の発想はアルバム全体に深く浸透している。。
録音は1940年代末から1950年代初頭にかけて行われたにもかかわらず、作品が発売されたのは1957年だった。しかし、その登場はジャズ界に大きな衝撃を与えた。このアルバムは、優れた編曲家としてのギル・エヴァンスの力量だけでなく、楽器編成、サウンドの雰囲気、和声感覚など、多方面にわたってマイルス・デイヴィスの創造性へ与えた大きな影響を物語っている。
アンドリュー・テイラー=ドーソンは、エセックスを拠点とするライター兼マーケター。UK Jazz News、The Quietus、Songlines等に寄稿。音楽以外の分野では、The EcologistやByline Times等にも寄稿している。
ヘッダー画像:ギル・エヴァンス。写真:アラン・タネンバウム/ゲッティイメージズ。
