ジョン・コルトレーンの歴史的な「ヴィレッジ・ヴァンガード」ライヴの集大成版が、生誕100年を記念してアナログ盤で登場することになった。彼がこの“老舗でありながら新しい”ジャズ・クラブ(開業は35年だが、ジャズ中心に方針がえしたのは57年)で一大セッションを繰り広げたのは61年10月24日から11月5日にかけてと伝えられる。契約先のインパルス・レコードは11月1日、2日、3日、5日のステージを収録、リアルタイムでは相当多くの録音テープの山が築かれたに違いないのだが、現存している演奏は4時間半ほど。その模様は以下のように小出しにされた。

1)Live! at the Village Vanguard(全3曲。62年リリース) 
2)Impressions(全4曲中2曲。63年リリース) 
3)The Other Village Vanguard Tapes(全6曲。77年リリース)
4)Trane’s Modes(全8曲中6曲。79年リリース)
5)From the Original Master Tapes(全7曲中2曲。85年リリース)
6)The Complete 1961 Village Vanguard Recordings(全22曲。そのうち5曲初登場、97年リリース)

3)と4)は2枚組LP、5)と6)はCDのための企画で、6)には1)~5)の全曲も収められている。このたび全世界2500セット限定でレコード化された『The Complete 1961 Village Vanguard Recordings』は6)のLP化ということになるのだが、単にLPブームだからデジタルをアナログにしました、というわけではないことは封を切ればただちにわかる。ケヴィン・リーブスが新たにマスタリングした音質も骨太そのもの、この時期のコルトレーンを思いっきり浴びたいのであれば、やはりここは手にしたいと思うのが人情であろう。1970年代からのコルトレーン研究家のひとりでピアニストとしての一面を持つデイヴィッド・ワイルドが今回も関わっていて、CD版の時に書いたライナーノーツに細やかな改訂を加えているのも、プロジェクトへの、そしてコルトレーン・ミュージックへの誠実さを感じさせる。

たとえば11月5日収録の「インディア」(本LPボックスでは7枚目のA面に入っている)でアーメッド・アブドゥル・マリクが弾いている楽器は、かつては“ウード”と表記されてきた。彼がウードのアルバムをいくつも出していることからの推論だったのだろうが、今回は“タンブーラ”に改められている。中東にルーツを持つらしいウードは琵琶の原型ともいわれる主に12弦の楽器だが、タンブーラはインド亜大陸の4弦楽器。これはコルトレーンとアブドゥル・マリクのファンを兼ねる私のような者には看破することのできない訂正なのだ。確かに、あの“ビョーン”と持続する音は、『ジャズ・サハラ』や『イースト・ミーツ・ウエスト』などのウード演奏盤にはなかった響きである。ところでこのアブドゥル・マリク、スーダン(北東アフリカ)系と紹介されたこともあると記憶するが、これはどうやら“設定”で、実際のところはニューヨークのブルックリン出身、ジョナサン・ティムJr.という出生名であるらしい。そういえばプロレスラーのアブドーラ・ザ・ブッチャーも長くスーダン出身ということになっていた。いまではカナダ生まれ、出生名はローレンス・シュリーヴであると明らかになってしまったが・・・。

また今回、編集に細やかさを感じたのは3枚目B面の「インディア」から4枚目A面の「スピリチュアル」に至るところだ。これは5)で出たときも6)で出たときも、つなぎのところがバサッと、いかにも編集しましたという感じでエディットされていて、なんというのだろう、人工的なメドレーに仕立てられていた。それに、ひとつひとつの楽曲として、やっと初めて接することができたという爽快感がここにある。

いくらでも聴きたいし語りたいし書きたいほど、自分はヴィレッジ・ヴァンガード・セッションに惚れ込んでいるのだが、ポイントをまとめるとこうなるだろうか。

●インパルス・レコードの二代目プロデューサーに就任したボブ・シールと、コルトレーンの本格的な初対面セッション。スウィング系のジャズを愛するシールは、コルトレーンについてよく知らなかったらしいが、仕事なので録音に立ち会い、数日間にわたってコルトレーン一党の音世界を浴びた結果、どんどん惹かれていったらしい。以降、このプロデューサーとサックス奏者の蜜月はコルトレーンが他界するまで続く。

●コルトレーンが自身のグループを率いて行なった初めての公式ライヴ・レコーディング。準レギュラーのエリック・ドルフィー(ブッカー・リトルとのファイヴ・スポット・セッションの4か月後)も6枚目B面の「マイルス・モード」を筆頭に大いに気を吐き、前述のアーメッド・アブドゥル・マリク、1920年代初頭からプロ活動を続けていたリード楽器のガーヴィン・ブッシェルもトラックによって強烈な存在感を放つ。ブッシェルのコントラバスーン(超巨大バスーン)から放たれる、バクのいびきのような重低音にも注目!

●時にはひとり、時にはふたりで紡ぎ出されるベースの響きも最高。奏者の聴き分けについては、77年にリイシュー・プロデューサーのマイケル・カスクーナが残っているすべての音源をレジー・ワークマンに聴かせ、「この曲は俺、この曲はジミー・ギャリソン」という具合に判別してもらったらしい。2枚目B面「ブラジリア」におけるワークマンのベース・ラインは神がかり的、聴いていて何度涙がにじんだことか。

●「ヴィレッジ・ヴァンガード」視点でいけば、『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』や『ワルツ・フォー・デビイ』を生んだビル・エヴァンス・トリオのライヴから4か月後の記録。エヴァンスは同店の常連となったが、コルトレーンの次なる出演は1966年5月までなかった。創業者マックス・ゴードンの自伝『Live At The Village Vanguard』を読むと、彼とコルトレーンの音楽はあまり相性が良くなかったように感じられる。

●当時のコルトレーン・バンドのレギュラー・メンバーはコルトレーン、マッコイ・タイナー、レジー・ワークマン、エルヴィン・ジョーンズ+エリック・ドルフィー。そこにジミー・ギャリソン(当時オーネット・コールマンのバンドにいた)、ロイ・ヘインズが飛び入りのような形で加わるのは、多数のジャズメンがいるニューヨークならではの“地の利”といったところだろう。アーメッド・アブドゥル・マリクやガーヴィン・ブッシェルがジャズにはあまり登場しない楽器を抱えて混じっているのは、ひょっとしたら、新担当者であるボブ・シールへのコルトレーンからのメッセージであったのかも、とも私は思っている。あなたの考えるジャズのイメージを軽々と越えていきますよ、派閥でメンバーを選びませんよ、1曲あたりの演奏時間に制限は設けませんよ、これが私の進んでいく方向ですよ、と。なんと壮大な実験工房なのだろう!