1963年、ジョン・コルトレーンとジョニー・ハートマンが遺した『ジョン・コルトレーン&ジョニー・ハートマン』(インパルス!)は、のちにグラミー殿堂入り(2013年)を果たすジャズ・バラードの金字塔です。故マイケル・ブレッカーがかつて筆者へ語ったように、「バラード・アルバムを作るなら、絶対にあの作品には似せないようにしようと思った。あれより良くなるはずがないからだ!」という言葉が、その作品の重みを物語っています。
その巨大な壁に、真正面から挑んだのがブランフォード・マルサリスです。ジョン・コルトレーン生誕 100年の節目に、シンガーのダイアン・リーヴスを迎えて完成させたのが新作『Dedicated to You』(ブルーノート)です。
ブルーノートに移籍してから、ブランフォードのリリースは目に見えて活発になりました。もともと精力的にアルバムを出すタイプではなかっただけに、リスナーとしては嬉しい変化です。そして今回、あえて高いハードルに挑んだところに、彼らしい勇気が感じられます。
相棒に選んだダイアン・リーヴスは、1987年からブルーノートに所属し、『I Remember』、『The Calling: Celebrating Sarah Vaughan』、『A Little Moonlight』などの代表作を持つ実力派です。声量、温かい声のテクスチャー、アフリカン・テイストの壮大なスキャット――彼女の歌唱は長年、多くのファンを魅了してきました。
意外にも、二人はこれまで共演したことがありませんでした。理由を聞くと、ブランフォードは笑ってこう答えました。
「ぼくがシンガーを雇ったのは、カート・エリングだけしかいなかった。ぼくに依頼してきたのは、スティングだけだったからね」。
共演が実現した背景には、二人に共通する生き方もあるようです。名声よりも、地に足のついた生活を選ぶ姿勢です。最近故郷ニューオリンズに戻ったブランフォードは、「近所でセッションするチャンスが多く、音楽的に活発。こんな街はほかにない」と、帰郷の決断に手応えを語ります。ダイアンも一時はニューヨークにいましたが、故郷コロラドに戻ってからは動く気がないといいます。
「パンや果物を買いに行って、気楽に声を掛けてもらえる人間でありたい」と、彼女は以前の筆者の取材に語っています。
好きなシンガーを尋ねると、ブランフォードは次のようなに答えました。
「まずビリー・ホリデイだね。彼女は格別だ。ナット・キング・コールの歌も凄く好き。エラ・フィッツジェラルドも良いが、『エラ&ルイ』のようにルイ・アームストロングと共演しているときが最高。一人だと作り込み過ぎるところがあるね」
と、評価の基準はかなり厳しいようでした。そのうえで、ダイアンに関してはこう評価します。
「ダイアンの歌は誠実で温かい。無理なフェイクや作り込みがなく、歌に嘘がないところが素晴らしいね」。
筆者も同感です。今までのどのアルバムよりストレートに歌っているので、かえって巧さと歌のストーリーを伝える力が際立ちます。
譜面もアレンジも用意せず、この名作に挑んだ理由を聞くと、若き日の逸話が返ってきました。
「バークリー音楽大学を出てアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャースに加入した頃、ガーシュウィンの曲を自己流にアレンジして演奏した。テンポも速くしないともたなかったんだよね。そうしたら、楽屋でアート・ブレイキーに叱られた。『お前、曲をアレンジしてやってたが、何故楽曲のオリジナリティをリスペクトしないんだ。そのまま吹け。吹けないなら練習しろ』。以来、ブランフォード・マルサリス・カルテット内でも『アレンジはしない方が良い演奏ができる』という結論に落ち着いているんだ」
今回のレコーディングで譜面なし、アレンジほとんどナシで臨んだのには、強い信念があってのことなのです。録音場所には音響に定評のあるジョージア州クレイトン州立大学スパイヴィー・ホールを選びました。
各曲について、ブランフォード自身に解説してもらいました。アルバムを聴くガイドに、お読みください。
【曲目解説】
1. Autumn Serenade
作曲:ピーター・デローズ/作詞:サミー・ギャロップ。「綺麗に演奏しました。絶対にシンガーと競わないように。エリックがセクシーに始めたので、ぼくもそれに倣いました」
2. Dedicated To You
サミー・カーン、ソール・シャピン、ハイ・ザレットの共作。1937年にアンディ・カーク楽団(ヴォーカルはファ・テレル)によって初めて録音・発表された。「良いバラードですね。ぼくたちもダブルタイムにしないよう、テンポを大事に演奏しました」
3. Big Nick
作曲:ジョン・コルトレーン。「トレーンが書いた曲で、ボイスも低い。デューク・エリントンのために書いた曲。実際にぼくはこのビッグ・ニックを知っていて、友人なんだ」
4. You Are Too Beautiful
作曲:リチャード・ロジャース/作詞:ロレンツ・ハート。「ジョーイが綺麗なイントロでスタートした。ダイアンはどこから入ろうと言っていたが、綺麗なのでしばらく聴くことにしたよ」
5. Lush Life
作詞・作曲:ビリー・ストレイホーン。「ダイアンがやりたいと言った曲。名バラードだからね。『この曲はジャズじゃない、アリアだわ』って言っていたよ。最後にヴァースをもってきた。流れがあるでしょう?」
6. 26-2
作曲:ジョン・コルトレーン。「ジョーイがやりたがった。そう、ぼくらのカルテットは民主主義なんだ。“26-2”はチャーリー・パーカーの”Confirmation”(コンファメーション)のコード進行を用いたコントラファクト(同じコード進行に新しいメロディを乗せた曲)というのが定説。一方、“ハウ・ハイ・ザ・ムーン”を土台にしたコルトレーンのコントラファクトは、別の曲“Satellite”だ。
7. My One and Only Love
作曲:ガイ・ウッド/作詞:ロバート・メリン。「デュオでやりたいとジョーイが言うので、ぼくはスタジオから出て行きました(笑)」
8. They Say It’s Wonderful
作詞・作曲:アーヴィング・バーリン。「これまた、素晴らしい曲ですよね。ぼくから始めたけれど、気持ち良く吹いてしまった」
9. Central Park West
作曲:ジョン・コルトレーン。「やたらコードを変えないで、この美しい曲をリスペクトして演奏しました。マトリックスにしないで、アダージョで演奏。メロディに導かれるよう、スペースを作って仕上げました」
10. Say It (Over and Over Again)(ボーナス・トラック)
作曲:ジミー・マクヒュー/作詞:フランク・ローサー。
「コルトレーンの演奏で知られるクラシックな曲ですが、今回はボーナス・トラック3曲は、初めからボーナスにしようと決めて収録しました」
11. Nancy (With the Laughing Face)(ボーナス・トラック)
作曲:ジミー・ヴァン・ヒューゼン/作詞:フィル・シルヴァース。「同じくです。やりたかったんですが、アルバムには相応しくないと考えていました。ボーナスは世界共通です」
12. Big Nick (Trio)(ボーナス・トラック)
作曲:ジョン・コルトレーン。「“ビッグ・ニック”を、トリオでもやってみたということです。実に楽しいレコーディングで、ぼくたちのワクワクがお聴きの皆さんに届きますように」
秋の夜長、ブランフォードとダイアンの深い味わいのあるバラードを聴く楽しみに身を委ねたいと思います。
■リリース情報
ブランフォード・マルサリス&ダイアン・リーヴス デディケイテッド・トゥ・ユー
Available to purchase from our US store.ブランフォード・マルサリス&ダイアン・リーヴス
AL『デディケイテッド・トゥ・ユー』
2026年9月18日発売 UCCQ-1231 SHM-CD ¥3,300(tax in)
収録曲:
1. オータム・セレナーデ
2. デディケイテッド・トゥ・ユー
3. ビッグ・ニック
4. ユー・アー・トゥー・ビューティフル
5. ラッシュ・ライフ
6. 26-2
7. マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ
8. ゼイ・セイ・イッツ・ワンダフル
9. セントラル・パーク・ウェスト
10. セイ・イット (オーヴァー・アンド・オーヴァー・アゲイン) ※ボーナス・トラック
11. ナンシー ※ボーナス・トラック
12. ビッグ・ニック (トリオ) ※ボーナス・トラック
パーソネル:ブランフォード・マルサリス(ts, ss)、ダイアン・リーヴス(vo on #1, 2, 4, 5, 7, 8)、ジョーイ・カルデラッツォ(p)、エリック・レヴィス(b)、ジャスティン・フォークナー(ds)
★2025年8月25~29日、クレイトン州立大学スパイヴィー・ホールにて録音
プロデュース:ブランフォード・マルサリス
