歌われるのは、瀟洒な佇まいを持つスタンダード。いわゆる、アメリカン・ソングブックの数々。そして、それらは見目麗しいストリングスの調べがつけられ、かような“整った”器のうえに流麗きわまりない歌声が悠然と乗る。当然なことながら、その総体は、豊穣な心持ちを聴く者にもたらす。

ステラ・コール It's Magic【直輸入盤】
Available to purchase from our US store.エヴァーグリンであり、普遍であり……。それらを聴き、ジョー・スタッフォードやジュディ・ガーランドをはじめとする、ジャズが米国のポピュラー表現のメインストリームにあった時代の魅力的なシンガーたちを思い出すのは自然なこと。だが、そうした所感を与える表現の主がまだ新進の20代であると聞いて驚かない人はいないだろう。その歌声の持ち主は、ステラ・コール。彼女は、なんと1999年の生まれだ。高校卒業後に進んだのはイリノイ州シカゴ郊外にある名門、ノース・イースタン大学。小さい頃からミュージカル映画や王道のジャズ・シンガーを愛聴しいていたものの、当時は音楽の道に進もうという考えはなく国際関係と演劇歌唱を彼女は専攻した。
そんな彼女に大きな転機を与えたのは、あのCovid-19がもたらすパンデミック。彼女は閉塞した状況に変化を求めようと、アカペラによる「オーヴァー・ザ・レインボウ」を歌うなどした映像をTikTokに投稿。それらは癒しと明るいこれからを求める人々の目に留まり、大きな反響を呼ぶ。時空を超えてきたようなあの娘は、いったい誰なんだい? 大学を卒業してニューヨークに出て大々的に歌うようになったコールが、より脚光を浴びるのは時間の問題だった。
2024年夏には、「オーヴァー・ザ・レインボウ」や「ムーン・リヴァー」などを取り上げたデビュー・アルバム『Stella Cole』(La Reserve)をリリース。結果、彼女はジェイムス・テイラー、デイヴィッド・フォスター、マイケル・ブーブレらと共演する機会も得て、カーネーギー・ホールなど歌う場も広がった。さらには、クリスマスEP『Snow!』も発表。それらはストリンスグス音も用いられ、コールの“レトロは正義”といった持ち味をアピールしている。そして、2025年1月には早くも来日公演(@丸の内コットンクラブ)も実現した。
『It’s Magic』はそんな順調に歩むコールの、メジャー(ユニバーサル傘下の米デッカ)に移籍しての第2作だが、鉄壁のお膳立てが取られている。デビュー作も助けたプロデューサーはサマラ・ジョイ、テイラー・アイグスティやパスクァーレ・グラッソなどを手がけるマット・ピアソン(彼はマイルス・デイヴィスやブラッド・メルドーらのコンピ盤も作っている)。そして、曲ごとに用意される弦音アレンジはやはり前作でもピアノを弾いていたアラン・ブロードベントが行っている。ブロードベンドは25作を超えるリーダー作を出すほか、チャーリー・ヘイデンのカルテット・ウェストのメンバーを務めたり、ポール・マッカトニーのジャズ作『キッス・オンザ・ボトム』(ヒア・ミュージック/コンコード、2012年)のオーケストレイションを担当するなど、客演活動も多い才人だ。
基本となるブロードベンドのピアノ・トリオは、サマラ・ジョイのサポートで来日もしているダブル・ベース奏者のマイケル・ミグリオレとサクラメント出身でジュリアード音楽院の修士を収めているドラマーのハンク・アレン・バーフィールドが脇を固める。見た目爽やかな彼らはコールと近い年代だろう。
▶︎1950年にメレディス・ウィルソンによって書かれたショウ・チューンで、後に『ザ・ミュージックマン』という名のミュージカルや映画の挿入曲となった「ティル・ゼア・ワズ・ユー」(ザ・ビートルズも初期に取り上げた)
▶︎1940年映画『バック・ベニー・ライズ・アゲイン』のために書かれたフランク・ローサー作詞/ジミー・マクヒュー作曲の「セイ・イット」(フランク・シナトラやジョン・コルトレーンが取り上げる)
▶︎1947年に発表されたジュール・スタイン作詞/サミー・カーン作詞のポピュラー・ソング「イッツ・マジック」(ドリス・デイ、サラ・ヴォーン他)
▶︎1934年にマティ・マルネックとフランク・シニョレッリが作曲したものに1939年にミッチェル・パリッシュが歌詞をつけた「ステアウェイ・トゥ・ザ・スターズ」(エラ・フィッツジェラルド、インク・スポッツ他)。
▶︎バート・バカラック(作詞はハル・デイヴィッド)が1966年同名映画のために書いた「アルフィー」(ディオンヌ・ワーウィック、バーブラ・ストライサンド、他)。といったように、取り上げている楽曲は多くの人が耳にしているだろう、彼女が愛好してきた広義のスタンダード群だ。
気を衒うところはなく、まったくの正攻法。その設定は今の時代や若い聴き手に対する配慮はなされない。とも、書いていいだろう。そして、コールもまた今のポップ・ミュージックに色目を使うことはなく、これこそが私のするべきことと言うかのように、朗々しっとりと歌い上げる。生理的に、威風堂々。その姿は澄んでいて、なんとも気持ちがいい。そして、それゆえに彼女の表現は超然と今に存在し、様々な感興を聴く者に与え、甘美で豊かな記憶を呼び起こす。ところで、冒頭で触れたスタッフォードにしろガーランドにしろ、女優でもあった。彼女を、銀幕で見る日は来るだろうか。