小曽根真が新たに立ち上げたジャズ・レーベル「Mo-Zone」の第一弾として、彼のレギュラー・トリオ「TRIiNFiNiTY」のセカンド・アルバム『フォー・サムワン』がリリースされた。
2025年2月、ニューヨーク滞在中に、何かに導かれるように曲を書きためたという小曽根。そこには、今世界中で起こっている紛争や分断を憂う心情が無意識のうちに反映されていた。アルバムにはポーランドを代表するシンガー、アナ・マリア・ヨペックが4曲で参加(録音での両者の共演は、2010年の『Haiku』以来15年ぶりとなる)。作品に込められた小曽根の思いを完璧に補完すると同時に、トリオ+ヴォイスという表現の新たな可能性を示唆している。
では、具体的にはそれはどういう音楽か。収められた10曲について深掘りしていきたい。
小曽根真 TRiNFiNiTY
『For Someone』
小曽根真 TRiNFiNiTY For Someone
Available to purchase from our US store.■Untold Stories
曰くいい難い哀しみを湛えたテーマがピアノで提示され、そこに小川のベースが合流する。痛切な音色と歌いまわしによるそれは、単なるユニゾンというよりもまるで魂の共鳴。まずそこに胸を突かれる。途中挿入される小曽根のソロは、言うまでもなく美しい。だが一方で、今この世界は、美しいものを差し出すだけでは済まされないという葛藤のようなものもどこかに滲む。一瞬あらわれる情熱的なキメのリフは、そんな思いが心ならずも溢れ出してしまったかのようだ。語られないがゆえに、心を揺さぶる音の物語。
■Rolling Tales
疾走感に溢れ、メンバーのソロもたっぷりとフィーチャーされた一見即興演奏主体のナンバー。だが、コンポジションとしてもきわめて強固にデザインされていることに注目したい。アンサンブルにおける各々の緻密な役割分担や、後半で出現するアゴーギグ(テンポの変化)などは、クラシック的な書法やマナーも反映されているように思われるが、それがまったく自然発生的に聴こえるのは、レコーディング前におこなわれた欧州ツアーの賜物か。終盤、きたいのセンシブルなドラム・ソロをバックアップする小曽根のアルペジオがトリッキーで、ちょっといけず(意地悪)だ。
■Wa (Peace / Ring)
タイトルは、「Peace(和)、Ring(環・輪)」といった複数の意味を含んでいる。仄暗く循環するコード進行はシンプルだが、ヨペックの深く表現的なヴォイスと、猥雑さを排したハモンド・オルガン(小曽根によるオーヴァーダビング)が、それを滋味豊かな色彩にカラーリングしていく。後半部分、メジャーに転調し5拍子から6拍子のスウィング・ビートに移行するセクションに、世界の調和を希求する演奏者たちの思いを見出すのは筆者だけだろうか。

■Bandoska (Polish Folk Song)
今回のレコーディングのためにヨペックが持参したポーランドのトラディショナル・ソング。元は「辛い仕事が早く終わるよう、太陽よ沈んでおくれ」と願う女性農奴の労働歌であるようだ。最初はつぶやくように密やかに歌われるが(雇用主の耳にとまると罰せられるから?)、それが次第に激情へと向かい、最後は堰が切れたように感情を爆発させるヨペックの絶唱は、言葉を失うほど圧倒的かつ感動的だ。
■Until That Wall Falls
おそらく本作中もっともアグレッシヴなトラックである。底流しているリズムはストレートなミディアム4ビートだが、小曽根が繰り出すポリ・リズミックなパターンのせいで、聴き手は終始幻惑され続ける。ハードにグルーヴするパフォーマンスは、曲名に込められているであろう、社会や世界を分断する壁を突き崩したいという決意のマニフェストだろうか。全編でフィーチャーされるパワフルでボキャブラリー豊富なきたいのドラムが素晴らしい。
■For Someone
小曽根とヨペックの共作曲。「涙に暮れる者たちを、開かれた心に抱きしめよ」と、世界で起きている紛争や分断、差別の犠牲者にそっと寄り添うような歌詞(作詞はヨペックによる)。そしてそれを、静謐な、しかし力強い音の連なりで表現した音楽は、本作全体に貫流する小曽根の意思の結晶といっていいだろう。オーヴァーダビングによってコーラス的な奥行きを生み出しているヴォーカル。そのヴォーカルに、時に寄り添い、時に先導しながら静かに歩を進めるピアノ。チャーチ・オルガンのような響きで場を敬虔な空気で満たすハモンド。あまりにも美しい祈りの歌だ。

■Pasja
小川のオリジナル曲。パスヤとはポーランド語で「情熱」という意味だが、急速調のテンポに乗せて5拍子と6拍子がめまぐるしく交錯するスパニッシュな曲想は、まさにそのタイトルを体現している。様々なセクションが有機的に連鎖した楽曲の構成感にも目をみはらされるが、それ以上に聴き手を興奮させるのは各人のパフォーマンス。とりわけ小曽根の、グングン速度を増してゆき、ついにはバーンアウトするようなソロは、この音楽家が宿した表現欲求の激しさを改めて教えてくれる。
■Pamiętajmy o Aniołach (Mind the Angels)
ヨペックのペンになるオリジナルで、ピアノだけをバックに歌われる。タイトルは「天使がいつも見守っていることを忘れないで」というような意味だろうか。哀しみをこらえるような切なく美しいメロディを、2人の感情が同化したように慈しみ、紡ぎ上げていくその歌唱と演奏は、デュオだからこその親密さで聴き手の心を震わせる。
■Friends
雲間から射す光のような穏やかさで、聴く者を安寧に誘うナンバー。ゆったりと時間が流れるようなのどかな曲想。決して煽らない柔らかなリズム。もちろん曲中には繊細な仕掛けやハッとするような小爆発もあるが、全体としては刺激よりも安らぎが支配しており、それゆえに他トラックとは異なる不思議な印象が聴いた後に残る。この曲のような世界なら諍いごとは起こらないだろうに、という演奏者たちの思いが音の形を成した静かな名曲名演だ。

■Chasing The Horizon
延々とピアノで弾かれるオスティナートが、何かを探し求める人の歩みのように聴こえる。おそらくその道のりは、長く、決して平坦ではないはずだ。だが奏でられる音楽には懐疑のかけらもない。それは、目指す地平の先には希望の光があることを、歩みの主が信じているからだろうか。
小曽根真 TRiNFiNiTY
『For Someone』
小曽根真 TRiNFiNiTY For Someone
Available to purchase from our US store.01. アントールド・ストーリーズ
02. ローリング・テイルズ
03. Wa (Peace / Ring)
04. バンドスカ (Polish Folk Song)
05. アンティル・ザット・ウォール・フォールズ
06. フォー・サムワン
07. パスヤ
08. パミルタジミー・オ・アノワル (Mind the Angels)
09. フレンズ
10. チェイシング・ザ・ホライゾン
小曽根真: Piano, Hamond Organ A-100
小川晋平: Bass
きたいくにと: Drums, Percussion
with
アナ・マリア・ヨペック: Vocals on 3, 4, 6, 8
★2025年4月30日~5月2日、ドイツ・ルートヴィヒスブルク、バウアー・スタジオにて録音
ヘッダー画像:Photo © Steffen Schmid
