アメリカ西海岸は古くから独自の即興音楽を育んできた土地である。1950年代、サクソフォニストのポール・デスモンドとピアニストのデイヴ・ブルーベックによるビ・バップに対抗する“クール”なサウンド。1960〜70年代には、作曲家ホレス・タプスコットが率いた前衛的なパン・アフリカン・ピープルズ・アーケストラ。そして2010年代には、サクソフォニスト、カマシ・ワシントンによるヒップホップの影響を受けたマキシマリストなフュージョン・サウンド。ロサンゼルス、サンフランシスコ、そしてその周辺の沿岸都市は、常に独自のリズムと旋律を刻み続けて来たのである。
この西海岸音楽の最新形を体現する中心人物が、パーカッショニスト/プロデューサーのカルロス・ニーニョである。インディペンデント局KPFKで長年に渡り折衷主義的なラジオ番組のホストを務め、オンライン局Dublabの共同設立者でもある彼は、過去20年以上に渡り、ロサンゼルスにおける自由奔放でスケールの大きなアーティストたちの支援者であり、また引き合わせ役としての役目を果たしてきた。ヴァイオリニストのミゲル・アトウッド=ファーガソン、エレクトロニック・プロデューサーのフライング・ロータス、ビートメイカーのマッドリブ、サクソフォニストのサム・ゲンデル、そしてラッパーのアンドレ3000らとのコラボレーションを通じて、ニーニョの活動はスピリチュアル・ジャズと自由形式の即興演奏の狭間に位置し、ニューエイジ的アンビエンスを新たに再構築するものである。
今回の新プロジェクトにおいて、ニーニョは長年の共演者であるギタリストのネイト・マーセローとサクソフォニストのジョシュ・ジョンソンとともに、「開かれた精神」というコンセプトの元で活動するトリオを結成した。彼らが初めて共演したのは2011年、カリフォルニアのオレンジ畑における野外コンサートであった。それ以来、ニーニョの『Friends』シリーズ作品において大編成バンドの一員として何度も共演を重ね、即興を軸とした自由な音楽観の中に、互いの精神的な共鳴を見出してきたのである。モチーフや囁くようなリズムに身を委ねることで、楽曲はその都度インスピレーションの赴くままに展開していく。
デビュー・アルバム『Openness Trio』に収められた5つの長尺トラックにおいて、ニーニョ、マーセロー、ジョンソンは、これまで以上にこの自由な音楽思想を深く掘り下げている。各曲はロサンゼルスおよびベンチュラ郡内の異なるセッションにおいて録音されたものであり、その場所には、10年以上前にトリオとして初めて演奏したオーハイの丘陵地、エリシアンパークのリビングルーム、オークの果樹園、エコーパークの一軒家の中庭、さらにはトパンガ・キャニオンの「Elsewhere」にあるコショウの木の下での録音などが含まれている。これらの親密で自然に囲まれた環境が、5つのトラックそれぞれに独自の空気感を与え、繊細にほどけて行く様なアレンジを生み出している。それは、言葉を超えた三者の根源的な結びつきを如実に示すものである。
オープニング曲「Hawk Dreams」は、マーセローによるループするギター・モチーフが執拗なリズムを刻み、その下でジョンソンの旋回するサクソフォン・ラインと、ニーニョの質感豊かなシンバルの響き、シェイカーによるリフが交錯することで、本作の基調を提示している。9分に及ぶこの楽曲は、進行するにつれて旋律が差し込むように現れ、曇天を突き破る光の筋のように広がっていく。歪んだギターによる高揚感あるハーモニーと、サイレンのように鳴り響くサクソフォンのファンファーレが交錯し、やがて音の層は崩れ、静寂の中へと溶け込んでいく。
アルバムが進むにつれ、このトリオがこの緩急自在な音楽形式の達人であることが明らかとなる。アンビエンスからカコフォニー(音の混沌)へと、築いては崩すその手法において、彼らは卓越した表現力を発揮している。たとえば「Anything Is Possible」では、ニーニョの吐息が打楽器的な対位法となり、ジョンソンの緩やかなサクソフォンの旋律と緊張感を持って交わり、やがてゴングの音や鳥のさえずりのような響きへと溶けていく。一方「Chimes In The Garden」では、雨のように舞うレインスティックと生き生きとしたフルートの旋律が、残響を伴うギターの和音の上に重ねられ、まるで一瞬の美をとらえた映画的音響世界を描き出す。それは、疾走する車の窓越しに見る、ぼやけながらも荘厳な風景のようである。

本作にはまた、静寂と安らぎの瞬間も同様に存在する。「Openness」では、酩酊するような電子処理を施されたギターの和音が、シンセサイズされたサクソフォンと刷毛のようなドラム・ブラシの音とともに穏やかに配置され、わずか3分間の瞑想的な内省の世界を形作っている。しかしながら、このトリオがその開かれた音楽性の真の力と可能性を爆発させるのは、最終曲「Elsewhere」においてである。
転がるようなタムのスティッキングに鳥のさえずり、叙情的なサクソフォンのモチーフを重ね、巧みに構築された10分間の演奏は、やがて泣き叫ぶようなシンセの旋律と、波のように押し寄せるシンバルの音によってクレッシェンドに達する。
その音の奔流は、風の突風のように聴く者を包み込み、トリオはその自然環境と一体化しながら、我々の感覚に生命を吹き込むのである。

Nate Mercereau, Josh Johnson, Carlos Niño / Openness Trio
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アルバム『Openness Trio』を通して、ニーニョ、マーセロー、ジョンソンの三人は、あらかじめ構成も編曲も存在しない状態から、繊細な均衡と形を持った作品を創出している。
それは、即興という表現の最も自由な端境を体現するものであり、開かれた受容という信条からも確信が生まれ得ること、そして、極めて繊細で動的に穏やかな音楽の中にも力強さと緊張感が宿り得ることを証明している。
Openness Trioの音に耳を開いて向き合うこと、それは、西海岸の文脈を遥かに超えて、即興という行為そのものから産まれうる本質的な音楽世界へと、深く没入することである。
アマール・カリアはライター/ミュージシャン。ガーディアン紙グローバル・ミュージックの公式評論家で、Observer, Downbeat, Jazzwise等へ寄稿している。処女小説『A Person Is A Prayer』が発売中。ザーバー紙、ダウンビート紙、ジャズワイズ紙などにも寄稿している。デビュー小説『A Person Is A Prayer』も発売中。
ヘッダー画像:ネイト・マーセロー、ジョシュ・ジョンソン、カルロス・ニーニョ(オープンネス・トリオ)。Photo: Todd Weaver.