「トリオでアルバムを作るのは以前からの念願でした。そして今回、一緒に演奏するのが楽しくてたまらないメンバーと一緒に、スウィングやインプロヴィゼーションを共有しながらレコーディングを進めることができました。僕はスタジオの中でずっと笑いながらピアノを弾いていたような気がします。ただただ演奏する楽しさが、そこにあった感じですね」

壷阪健登『Lines』

壷阪健登 Lines

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俊英ピアニスト、壷阪健登がニュー・アルバム『Lines』をリリースした。2024年にソロ・ピアノ作品『When I Sing』を発表して話題を集めたのも記憶に新しいところだが、今回はトリオ編成によるニューヨーク・レコーディング。バークリー音楽大学時代からの盟友であるベースのチャーリー・リンカーン、ザ・バッド・プラスやジュリアン・ラージ・トリオのメンバーとしても活動するドラムのデイヴ・キングと共に清新なトリオ・ミュージックを繰り広げている。会心作を創りあげた壷阪健登に話を聞いた。

「チャーリーとはダニーロ・ペレスが音楽監督を務めているバークリー・グローバル・ジャズ・インスティテュートで最初に出会って、(バークリー)在学中には僕のプロジェクトやレコーディングで毎回のように演奏していました。帰国してからも、いつかまた共演したいという気持ちがありましたので、今回、トリオでレコーディングすることが決まった時に、最初にチャーリーに声をかけました。彼のベースの音色は本当に深くて、音楽性が高い。彼が一音出したら、そこにはたくさんのアイデアが含まれていて、こちらにインスピレーションを与えてくれるスペースがあります。物理的なスペース、音色としてのスペースの両方を持っているんです。

デイヴ・キングはチャーリーと同じミネアポリス出身で、チャーリーにとってのメンター的な存在です。僕もザ・バッド・プラスやジュリアン・ラージとの演奏などでデイヴのプレイを聴いていましたが、今回のレコーディングを通じて“こんなにすべてを音楽にするドラマーがいるのか”と感銘を受けました。僕が作曲者として想定していたことを、何倍にも大きくして返してくれました。ちょうど(プロデューサーの)小曽根真さんもジュリアン・ラージのバンドでデイヴを聴いた後でしたし、チャーリーとデイヴとトリオでアルバムを作れたことに関して、ひとつの縁のようなものを感じましたね。

1日のリハーサルの後、2日間でレコーディングしましたが、僕から特に何かを言う必要はありませんでした。その理由は、デイヴとチャーリーが信頼し合っていて、何もかもよく分かっているリズム・セクションであるということ。そして、チャーリーと僕がたくさんの音楽を共有してきたこと。“こうだよね”という感じで順調にレコーディングできたのは、チャーリーがつなげてくれた3人のケミストリーだったと思います」

L to R: チャーリー・リンカーン、壷阪健登、デイヴ・キング Photo © Sanae Ohno

楽曲は『When I Sing』同様、すべて壷阪の自作で占められている。しかも、オープニングを飾る「Rhizome Changes」は、リズム・チェンジ(循環コード)に基づいた演奏。シドニー・ベシェの「Shag」(1932年)、チャーリー・パーカーの「Moose the Mooche」(1946年)、ソニー・ロリンズの「Oleo」(1954年)など、往年のジャズ界では数限りなく用いられてきたものの、近年はあまり顧みられることのないパターンに、トリオ独自のアプローチで臨んでいる。

「曲順に関しては小曽根さんと話し合いました。1曲目にリズム・チェンジという“誰が聴いてもジャズ”と思える楽曲を置くことで、“これがトリオでやりたかったことなんだ、思いっきりインプロヴィゼーションしたかったんだ”というステートメントになるのではないかとも考えました。リズム・チェンジを演奏することで生まれる喜びには古いも新しいも関係ないんだということを、今回改めて実感しましたね。タイトルに出てくる“Rhizome”とは、哲学的用語でも使われる地下茎という意味です。僕はコロナ禍でキャリアを始めて、『When I Sing』をリリースしてからここに至るまで音楽的にも人間的にもたくさんの変化があって、今後もまた変化していく。地下茎のように変わってゆくということと、リズム・チェンジをもじって「Rhizome Changes」というタイトルをつけました」

かと思えば、フリー・インプロヴィゼーション主体のナンバーもあり、聴いていて体を動かしたくなるようなナンバーもあり、と幅広い楽想が並ぶ。

「Rubato for a Mystical Moment」のメロディは1枚の紙に書いてあるんですが、コードを指定していないところもたくさんあって、メロディを一度演奏したら、ほかはメンバーのインスピレーションに委ねられます。ルバート(自由なテンポで演奏すること)の取り入れ方に関しては、ドラマーのポール・モチアンからインスピレーションを受けました。彼の連作『Trio 2000 +Two: Live At The Village Vanguard』は本当に大好きですね。

「Tropical Song」は、レコーディングの直前にニューヨークで書きました。あっけらかんとした曲が欲しくて、ハーモニーにも凝らずに、原色をそのまま使うような色合いで書きたかったんです。結果としてジャズのような、ニューオリンズのような、ラテンのような、ごった煮みたいな感じになりました(笑)。遊び心があったり、ちょっと仕掛けていくような要素は、今回、いろんな曲に散りばめられているように思います」

ジャケットのイラストレーションは、著名な美術家・望月通陽がアルバムを聴いたうえで描きおろした。

「僕は「せんはうたう」という詩画集の、谷川俊太郎さんの詩と、望月さんの挿絵に影響を受けています。まさか望月さんご本人に描いていただけるとは思っていなかったのですが、今作の制作にも関わってくれています神野三鈴さんを通じてご快諾をいただきました。この絵には、僕がアルバムで表現したかった“自由で、シンプルで、明るくてお茶目で、どこまでも先に続いていくような世界”が全部兼ね備えられているような印象を受けます。そして、この絵には余白があるんです。僕はチャーリーのベースにもデイヴのドラムスにも余白を感じていて、その余白があるから、みんながいろんな考えを持ち込んだり、演奏の中で遊ぶことができるんだと感じています」

『Lines』という印象的なアルバム・タイトルは、レコーディング後に演奏を聴き返しているうちに自然に浮かんできたという。

「今回のアルバムで、僕は特にメロディに留意しました。フリー・インプロヴィゼーションをする時でも、テーマとなるメロディをみんなが共有しながら演奏すると、逆にどこまでも自由になれる。それはジャズ・スタンダードを演奏する時でも同じかと思いますが、そういう意味でも、僕はジャズを“線の芸術”だと思っていて、そこが『Lines』というアルバム・タイトルにつながっています。コロナ禍を経て、やっとまた、ニューヨークで僕の信頼する音楽家とスウィングできました。このアルバムをぜひ、お楽しみいただけたら嬉しいです」

      

壷阪健登『Lines』

壷阪健登 Lines

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01. Rhizome Changes
02. Isolation
03. Old Chair
04. Stomp
05. Revolving Memories
06. Tropical Song
07. Prelude No. 2 in C-Sharp Minor
08. Rubato for a Mystical Moment
09. Sing It
10. Ballad No. 2 in E-Flat Major
11. The Joy of Living (暮らす喜び)
12. Tree of Children (こどもの樹)

壷阪健登: Piano
チャーリー・リンカーン: Bass
デイヴ・キング: Drums

★2025年6月17日、18日、ニューヨーク、ザ・サムライ・ホテル・レコーディング・スタジオにて録音


ヘッダー画像:photo © Tatsuya Hirota