ジェーン・コーンウェルデビュー作『In My Room』のリリースから10年、そしてスティーヴィー・ワンダーのカバー「くよくよするなよ!(Don’t You Worry ’Bout A Thing)」のマルチ・スクリーン動画がバイラル拡散して12年が経ちました。この間に、あなたの音楽や聴き手との関係はどう変わりましたか?

ジェイコブ・コリアー:ものすごく変わったよ。僕はロンドンの自宅で、すごく孤独なやり方で音楽を作り始めたんだ。全部自分で作って、細部まで丁寧に作り込んで、構成して…。ツアーとかライブをやるなんて、当時はまったく想像もしていなかった。本当に内向的な世界だったと思う。
でもこの12年間で一番大きく変わったのは、そうした世界から抜け出して、現実の世界の中に自分を広げて行ったことかな。孤立して作るんじゃなくて、ものすごく協働的な方向に進んだことだね。
最新のアルバムでは、10万人以上の人たちが関わってくれている。この作品は、最初に閉じこもっていたあの小さな繭の外に広がった「世界」への愛から生まれた、ものすごく大きな作品なんだ。でも根っこの部分は、あの最初の空間にちゃんと繋がっている。
だから、ある意味ではすごく多くのことが変わったし、ある意味では何も変わっていないとも言えるかな。

ジェーン・コーンウェルベッドルームであれだけのパートを全部自分でやっていた人が、今はオーディエンスと一緒に大合唱をしているなんて、すごい進化ですよね。あの「オーディエンス・クワイア」って、失敗したりすることはあるんですか?

ジェイコブ・コリアー:「失敗」っていう概念は、実はあまりないんだよ。もちろん、思い通りに行かないことはある。でもそういう時こそ最高のクワイアになることもあるんだ。予想外のことが起きた時に、特別な瞬間が生まれることがあるからね。
もちろん、チューニングの良い観客とそうでもない観客はいるけど(笑)、みんながちゃんと聴いてくれていて、静かで集中できる空間だと、本当に「特別な音楽の瞬間」が生まれるんだ。
人は誰でも歌うことが好きだし、誰もが声を持っている。その全ての声に価値があって、意味がある。そして、その声たちがぶつかり合ったとき、驚くような魔法が起きるんだ。

Jacob Collier - The Light For Days

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ジェーン・コーンウェル国によって反応は違いますか?誰かが言ってたんですが、イギリスの観客は特にハーモニーが好きだとか。フォークソングの伝統があるからかもしれないって。

ジェイコブ・コリアー:うん、確かにそれはあるね。でも正直言うと、僕はこの体験の「普遍性」に本当に驚かされているんだ。南米でも、インドでも、オーストラリアでも、アジア各地でもオーディエンス・クワイアをやってきたけど、どこでもみんな内側に“歌いたい”という欲求を持っている。
音楽に対する共通の理解というか、自然に分かる感覚があるんだと思う。もちろん、メジャーやマイナーといった音の感じ方には文化的な違いがあるけど、メジャーやマイナーの「基盤」は世界共通なんだ。誰にでも通じるんだよ。

ジェーン・コーンウェルあなたはファンとの関係がとても特別ですよね。特に若いファンたちとはどう接しているんですか?どんな質問を受けることが多いですか?

ジェイコブ・コリアー:僕がコンサートで一番誇りに思っていることの一つが、観客の年齢層の幅広さなんだ。信じられない位で、95歳のおばあちゃんがいたかと思えば、5歳の子どももいる。
若い世代の人たちは、「新しい形で物語を伝える方法」を探しているように感じる。録音された音楽だけで伝えるとか、映像だけで表現するとか──そういう境界がどんどんなくなって来ていて、映画を作ることも、本を書くことも、音楽を作ることも、全てが混ざり合って一つになって来てるんだ。

そして僕が感じるのは、今の若い人たち、特に若いミュージシャンたちは「繋がりを持つこと」や「コミュニティを築くこと」に対して、ものすごく飢えているということなんだ。
それは人間にとって永遠に必要なものだと思う。なくなることはないし、形を変えて行くだけだ。

ジェイコブ・コリアー
ジェイコブ・コリアー。写真: シャービン・ライネス。

僕が今、一つ時代が終わりに近づいていると感じているのは、「デジタルの中だけで孤立する時代」なんだ。そこから何かが崩れ始めていて、人々が「リアルな体験」を全く新しい形で愛するようになって来ている。
実際、コロナ以降は、人と人とが以前とは違う形で、もっと深くお互いに向き合い、関わり合おうとしている様に感じるんだ。

僕の若いファンの中にはすごく音楽的な子たちもいて、「このコードってどうやって作るの?」、「この進行はどうなってるの?」みたいに質問してくれるんだ。
一方で、年上のファンの人たちは「人との繋がり方」や「コミュニティの作り方」について聞いてくることが多い。あと、僕の家族のこと、特に僕にとってとても大切な母のことや、姉妹のことなんかもね。
でも、音楽って結局、誰にでも何かしらの入り口があるものなんだと思う。人がアクセスできる“入口”を十分に用意してあげれば、その人は「これは自分のための音楽なんだ」って感じるようになるんじゃないかな。

ジェーン・コーンウェル『ジェシー』シリーズでは、ブランディ・カーライルからウィロー・スミスまで、豪華なゲストがたくさん参加していますよね。あれは「こういう人とやりたい」というウィッシュリストを作って「とりあえず全員に声をかけてみよう!」という感じだったんですか?

ジェイコブ・コリアー:うん、だいたいそんな感じ(笑)。僕が昔から音楽や創作全般で一番好きなのは、「全く違うものをぶつけ合わせること」なんだ。たとえばショーン・メンデスとストームジーを一緒にしてみるとかね。実際、あの曲にはカーク・フランクリンも参加していて。彼はゴスペル界の大レジェンドなんだけど。その組み合わせ自体がもうワクワクするんだ。

音楽的に見ても、それが本当に楽しくてね。確かに最初は巨大なリストを作ったんだ。「この人とこの人を組ませたらヤバい」とか「この組み合わせは絶対に面白い」とか思いながら(笑)。でも、実際はかなり自然に起きたことも多い。ある人とのセッションをして、そのあと別の人と話しているうちに、「あ、これって一緒にできるかも」と気づくんだ。そして僕がそういう共同体の中で一番好きなのは、僕が引き合わせた2人がその後、本当に友達になって自分たちで新しいものを作り出すこと。あれは本当に最高だと思う。

ジェーン・コーンウェル『ジェシー』シリーズを完結させましたね。次はどんなことを考えているんですか?

ジェイコブ・コリアー:まだはっきりとは決めていないんだけど、一つ確かなのは、「ジェシー」を「規模」で超えることはもうできないってこと(笑)。10万人以上のミュージシャンが関わったんだから、さすがにそれ以上は無理だよね。だから次に挑戦したいのは、一つの楽器に徹底的にフォーカスして、その楽器をまるごと理解することなんだ。どの楽器にするかはまだ分からない。もしかしたら5弦ギターかもしれないし、ピアノかもしれない。でも、どこかのタイミングでその世界に深く潜って、「一つの楽器の無限」を解き明かしたいと思ってる。 “無限”は“無限”の中からも生まれるけど、“すごく小さなもの”の中からも生まれるんだ。
その小さな無限に飛び込んで行くこと──それが次にやりたいことかな。たぶん、だけどね(笑)。

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ジェーン・コーンウェルはオーストラリア生まれのロンドン在住ライター。英国とオーストラリアの出版物やプラットフォーム(SonglinesやJazzwiseなど)に芸術、旅行、音楽に関する記事を執筆している。ロンドン・イブニング・スタンダード紙の元ジャズ評論家。


ヘッダー画像:ジェイコブ・コリアー。写真:シェルビン・ライネス。