デヴィッド・マレイ・カルテットは、2024年に高い評価を得たアルバム『Francesca』に続き、一見すると彼らの熱量溢れる演奏スタイルとは対照的なテーマに取り組んだ。鳥のさえずりに着想を得たアルバムである。
『Birdly Serenade』は、マレイにとってインパルス・レーベルから初となるアルバムであるが、ジャズにおける先例がないわけではない。エリック・ドルフィーは、1962年4月号の『Downbeat』誌で次のように語っている。「家で演奏していると、鳥たちがいつも僕と一緒にさえずるんだよ。すると僕は作業の手を止めて、鳥たちと一緒に演奏するのさ」、「鳥たちは、僕らの音の間にあるような音を持っているんだ……本当に驚くべきことだよ!」
フランスの作曲家でオルガニスト、そして鳥類学者でもあったオリヴィエ・メシアンと同様に、鳥のさえずりに宿る純粋さと複雑さは、ドルフィーにとって自身の音楽に新たな可能性をもたらした。デレク・シリングが学識深いライナーノーツでこのように記している。「デヴィッド・マレイは、ドルフィーとは異なり、ベイエリアでの幼少期に鳥と一緒に演奏するような経験はなかったが、フルートとピッコロの初期の学習が、のちに彼の代名詞となるテナーサックスとバスクラリネットの高音域への感受性を育んだのである」
ニューヨークのブルーノートでカルテットが演奏を終えた翌朝、私はマレイに鳥との最初の出会いについて尋ねた。「1960年代、うちの家族はウズラやキジを撃って食べていたよ。でも、それは昔の話で今はもう違う。我々は変わったんだ」と彼は語る。「昨夜のステージでも話したが、いまの若者たちは、スーパーマーケットで鶏肉を買うことはあっても、元の鳥がどんな姿か知らないかもしれない。我々の社会は、動物という存在を理解するという点で、衰退してしまったんだ」

DAVID MURRAY QUARTET Birdly Serenade
Available to purchase from our US store.デヴィッド・マレイは1970年代半ば、ワールド・サクソフォン・カルテット(WSQ)の一員として、ニューヨークのロフト・ジャズ・シーンに鮮烈な登場を果たした。WSQでは、セントルイス出身のブラック・アーティスト・グループのメンバーであるジュリアス・ヘンフィル、オリヴァー・レイク、ハミエット・ブルイエットと共に活動した。WSQの『ポイント・オブ・ノー・リターン』や、自身の作品『Flowers for Albert』(India Navigationレーベル)における激しくも優雅な演奏によって、彼はすぐに1960年代のフリージャズの巨人たちの正統な後継者としての地位を確立したのである。
『Birdly Serenade』は、伝説的なヴァン・ゲルダー・スタジオにてカルテットと共に録音された、マレイ名義としては初のインパルス・レーベル作品である。彼は語る。「もちろん、ジョン・コルトレーン、アーチー・シェップ、ソニー・ロリンズといった、この素晴らしいレーベルに録音を残した巨匠たちの足跡を辿っているわけだが、同時に私は我々が生きるこの時代におけるテナー・サックスの発展を体現している存在でもある」、「私を特徴づけているのは、単なる演奏者ではなく、多作な作曲家・編曲家でもあるということだ。ビッグバンドのためにも書くし、弦楽器のためにも書いている。オペラもいくつか手がけてきた」。
過去の音楽への敬意を保ちつつ、それを未来へと押し進めてきたマレイは、200枚を超える作品を発表し、多くのジャズ界の重鎮たちのレコーディングにも数多く参加してきた。1980年代初頭にはECMレーベルでジャック・ディジョネットと共演し、またカヒル・エルザバーとの長年に渡るパートナーシップ、さらにはアミリ・バラカ、イシュメイル・リード、ソウル・ウィリアムズといった詩人たちとのコラボレーションまで、その活動は多岐に渡る。
ゴスペルやブルースからスウィング、R&Bに至るまで、ブラック・ミュージックの歴史とフリージャズ/アバンギャルドを融合させてきた彼は、同時に生来の音響探求者でもある。カリブ海のグアドループのクレオール音楽を掘り下げた「グウォカ・マスターズ」プロジェクト、セネガルの音楽家たちとダカールで録音した『Fo Deuk Revue』、キューバン・アンサンブルやラテン・ビッグバンドといった活動もその一例である。
近年では、2023年にヒップホップ・バンド「ザ・ルーツ」のドラマー、クエストラヴとの共作アルバム『Plumb』をリリース。両者は1996年リリース、ザ・ルーツの『イラデルフ・ハーフライフ』ですでに共演済みである。同年、マレイは若手で構成された新カルテット(ベーシストのルーク・スチュワート、ドラマーのラッセル・カーター、ピアニストのマルタ・サンチェス)を本格始動させた。
スイスのヴィンタートゥールにあるHardstudiosで録音され、高い評価を得たアルバム『フランチェスカ』では、マレイが新しい世代にバトンを渡し続けていることを明確に示している。「私は若い人たちと一緒に仕事をしなければならない。私の背中を押してくれるようなエネルギーを持ったバンドが必要なんだ」、「昨夜はブルーノートで演奏したんだけど、私は少し疲れていたんだ。でも彼らが私を引っ張り上げてくれたんだ。彼らがくれたその小さな推進力のおかげで、今度は私が彼らを引っ張る番になる。アドレナリンが出た瞬間、我々は同じ高さで飛んでいるんだ」
Photo: Gregg Greenwood.
カルテットは、名門ヴァン・ゲルダー・スタジオで録音された 『Birdly Serenade』を携えて戻ってきた。マレイの音楽の旅における最新の章は、映画音楽監修者ランドール・ポスターが、パンデミック中に考案した《The Birdsong Project》の一環としてスタートした。ローリー・アンダーソンからカマシ・ワシントンまで、170曲以上のオリジナル楽曲が集まったこのプロジェクトは、20枚組のLPボックスとして結実し、2024年にはポスターにグラミー賞をもたらした。
マレイがこのプロジェクトに関わるきっかけとなったのは、彼の妻であるアーティスト、ファッション・デザイナー、そして作家のフランチェスカ・チネッリが、ニューヨーク州アディロンダック山中のブルーマウンテン湖にて開催された作家のリトリートに招かれたことだった。その旅の直前、ランドール・ポスターからマレイに連絡が入った。「最初はただ、フランチェスカのサポートとして同行し、現地でのんびり過ごすつもりだったんだ」とマレイは振り返る。「さて何をしようか、釣りでもしようか?ってくらい何も考えていなかったんだ。そんな時、ランドールがこのアイデアを持ちかけて来たんだ。だからこれは“もっと大きな力”が私を導いてくれたと感じたんだ」
アルバム創作の火花が散ったのは、チネッリがその地の自然から着想を得た詩を書き始めた時だった。「本当は2021年のツアーの記録を書くつもりで行ったのだけれど、あまりにも美しい場所だったから、それを言葉にしたくなったの」とチネッリは語る。「湖と森に囲まれた家のひとつに音楽スタジオがあって、デヴィッドはそこで私の詩と音楽がどう結びつくかを模索しながら作曲を始めた。私は詩で音楽に橋を掛けようとしたわ。鳥について書き始めると、それは人間関係や愛について、私たち自身が理解している多くのことの比喩になっていくの」
ジャケットにはデヴィッド・マレイの名があるものの『Birdly Serenade』はまぎれもなく家族的な作品である。「このプロジェクトを動かしたのは正にフランチェスカだよ。アルバムのインスピレーションそのものだった」とマレイは断言する。「私はこれまでもアミリ・バラカ、イシュメイル・リード、ラリー・ニールといった詩人の作品に曲をつけてきたし、何作かのオペラで台本作家とも仕事をしている。だから詩の力、そしてそれを音楽に変換する術をよく知っている。テキストを渡してくれれば、私はそれを歌にできる。そういうことが出来るんだ」
多くの詩人と仕事をしてきたマレイに、詩をどうやって音楽へと翻訳するのかを尋ねると、彼はこう答えた。「言葉のアイアンビック・ペンタメーター(弱強五歩格 ※英語詩の形式の一種。シェイクスピアが愛用した。)に注意を払い、さらに音節のリズム構造も考慮しなければならない。教授ぶるつもりはないけど、私はこれを熟知している。学問的にも、そして実際にステージに載せることで得た知識でもあるんだ」
最初に曲がつけられた詩は、アルバム冒頭の「Birdly Serenade」である。3拍子の柔らかなワルツの上で、歌手エケプ・ンクウェレがチネッリの詩を歌い上げる。「霞がかった静寂が、眠れる湖の穏やかな水面を撫でる」といった描写で、彼らが体験した美しい環境が鮮明に浮かび上がる。「水面を突き破る水中に飛び込む鳥のトレモロ」といった詩句も印象的である。
全8曲を通じて、マレイの旋律的・即興的感性はカルテットの直感的なアンサンブルによって支えられている。「このバンドも数年一緒にやってきて、完全に“流れ”ができている」と彼は言う。「互いに触発し合い、今ではまるで家族のような関係だ。ツアーもしたし、2枚のレコーディングも済ませている。もはやアイコンタクトすら不要なほど、テレパシーのような一体感がある。私たちが演奏している音楽では、この“振動”こそがとても重要なんだ。私はそれを信じている」
その振動は「Black Birds Gonna Lite Up the Night」で激しいピークに達し、「Song of the World (for Mixashawn Rozie)」の優しさで相殺される。このナンバーではマレイが木の温もりを帯びたバスクラリネットに持ち替え、ンクウェレがチネッリの詩をしっとりと朗読する。この詩は、彼らが出会った先住民のアーティスト、ミクサショーン・ロージーに捧げられたもの。「彼の自然との関係があまりにもシンプルで、心を打たれて涙がこぼれてしまったわ」とチネッリは語る。
まだカルテットのライブを見たことがないなら、ヴァン・ゲルダー・スタジオで撮影された「Capistrano Swallow」のライヴ映像がYouTubeにアップロードされているのでぜひご覧いただきたい。この乱気流と変拍子の即興曲は、マレイが鳥との初期の記憶のひとつを元に作曲した。「子どもの頃、父に連れられてロサンゼルス郊外のミッション・サン・フアン・カピストラーノに行って、ツバメの群れを見たんだ。崖に向かって一斉に飛び出したり、戻ってきたりするその動きは圧巻だった。ぶつかりそうで、決してぶつからない」
『Birdly Serenade』によって、マレイは「空の覇者たち」への理解と保護を呼びかける役目を果たした。「鳥は本当に驚異的な生き物であり、地球の状態を知るバロメーターでもある」と彼は語る。「ミツバチもそうだ。我々は今、それらを何千という単位で失っている。もしかしたら次のアルバムでは、ランドールが『今度は蜂についてやろう』と言い出すかもしれない。何が起きるかなんて、誰にも分からないからね」

DAVID MURRAY QUARTET Birdly Serenade
Available to purchase from our US store.アンディ・トーマスはロンドンを拠点とするライターで、Straight No Chaser、Wax Poetics、We Jazz、Red Bull Music Academy、Bandcamp Dailyなどに定期的に寄稿。また、Strut、Soul Jazz、Brownswood Recordingsのライナーノーツも執筆している。
ヘッダー画像:David Murray. Photo: Gregg Greenwood.