2020年10月23日、24日にアメリカ、フロリダ州クリアウォーターにある「ルース・エッカード・ホール」にて開催されたチック・コリアのソロ・ピアノ・コンサートを収めた音源が発表される。この稀代の音楽家の生前最後になる演奏である。アルバムは『フォーエヴァー・ユアーズ~ザ・フェアウェル・パフォーマンス』と題された。
チック・コリア
『フォーエヴァー・ユアーズ~ザ・フェアウェル・パフォーマンス』
チック・コリア フォーエヴァー・ユアーズ~ザ・フェアウェル・パフォーマンス
Available to purchase from our US store.このクリアウォーターはフロリダ半島西岸にある都市タンパから車でおおよそ15分という海岸沿いの街で、チック・コリアが愛妻ゲイルと共に1990年代末から自己のスタジオを兼ねた住まいを構える場所である。このスタジオはかつてのロサンジェルスの「マッド・ハッタ―・スタジオ」に因んで「マッド・ハッタ―・イースト」と名付けられ、ここから多くのアルバムが生み出された。そして、コロナ禍にあっては、活動制限を余儀なくされたチックが、オンラインでのアカデミーを開催した際の音楽と情報の発信基地にもなってきた。
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コロナ禍のさなかの公演
遡ってみると、2020年初頭から世界中で猛威を振るい始めたコロナ禍のため、2019年の秋にアメリカ国内からスタートしたチック・コリア率いる至高のトリオ=「トリロジー」ワールドツアーは、ヨーロッパでのツアー後半にあたる2020年3月8日のスペイン、マドリード公演をもって終了することになる。「海外に滞在するアメリカ国民は3月15日までに帰国しない場合は、事態の鎮静まで滞在地に留まらねばならない」というトランプ大統領の決断で帰国を迫られたのである。
帰国と同時にチックを待っていたのは「移動の制限」や「3密の回避」などといったアーティストにとっては、耐えがたく厳しい行動の制限であった。大半のコンサートの予定がキャンセルされる中、以前からブッキングされており、慣れ親しんだ地元でのコンサートだけは開催したいとの強い考えにチックは至る。無論コロナ禍のさなかという事もあり、通常の2000席をキャパシティとするホール内から、そのホールのロビーでの開催に切り替え、座席間を空けるなどといった周到な準備の元、きわめて限られた観客招いての2夜限りのコンサートとしたのであった。
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我が居間にようこそ
この夜の演奏は、晩年のチックのソロ・コンサートにしばしばネーミングされた“Welcome to My Living Room”(我が居間にようこそ)形式で、軽妙な語りと共に和やかに進行する。自作の定番曲「アルマンドのルンバ」からスタートし、セロニアス・モンクやバド・パウエルのナンバー、モーツァルト・チューン、お客さんをモチーフに即興演奏を繰り広げる「ポートレイト」そしてお馴染み「チルドレンズ・ソング」の数々。
いつも通りに見えるこのショーだが、ネヴィル・ポッターの印象は違ったようだ。ネヴィルは作詞家でもあり、あの名盤『リターン・トゥ・フォーエヴァー』に収められた「サムタイム・アゴー」や「ホワット・ゲーム・シャル・ウィ・プレイ・トゥデイ」の作詞も手掛けたチックの最も古い友人の一人だが、彼はこう語っている。
「(アルバムの)演奏を聴いて、私はチックと初めて出会った1971年にまで引き戻された。今では名盤とされているソロ作品『チック・コリア・ソロVol. 1』と『Vol. 2』を彼が録音した直
後のことだ。(中略) 1972年には、チックのドイツにおけるソロ・ピアノ・コンサート・ツアーに同行する機会にも恵まれた。彼はそのツアーでそれら2枚のアルバムの曲を演奏して観客を魅了したが、この『フォーエヴァー・ユアーズ』を聴いた時にはその魔法のような記憶が蘇った。
この最後のコンサートで印象的だったのは、チック自身がその他の作品における表現の幅広さだけでなく、観客をステージに招き入れ、チックが言うところの彼らの“音楽による肖像画”を描き出すことで、彼らを演奏の一部に取り込んでしまう様子だった。
(中略)
これはチックのお別れのコンサートであるが、未来のあらゆる世代にインスピレーションと喜びを与え続ける、彼の素晴らしい芸術的遺産に別れを告げるものではない」
(訳:坂本信)
アルバムのブックレットにこのネヴィル以外に言葉を寄せたのは家族やスタッフや交流の深かったアーティストである下記の人たちだ。(註)
バーニー・カーシュ(半世紀にわたってチック・サウンドを創ってきたエンジニア&プロデューサー)、ゲイル・モラン・コリア(夫人)、サディアス&リアナ・コリア(長男&長女)、以下アーティストでロバート・グラスパー、アンジェラ・バセット、アリシア・キーズ、ジョン・メイヤー、ラン・ラン、スタンリー・クラーク、ボビー・マクファーリン、ハービー・ハンコック、ウィントン・マルサリス
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チック、あなたの友情、あなたが示した手本、そしてあなたの音楽は、永遠に僕らのものだ。そして僕は、いつまでも感謝の心を忘れない。
―――ロバート・グラスパー
チックは最高の友人で、僕にとっては最高のインスピレーションの源泉だった。彼がいなくなったなんて信じられないけど、彼が世界に対して注いだ愛情は、僕の心の中で生き続けるであろう。
―――ラン・ラン
最後に残されたピアノの音と語り。そして追悼の言葉は悲しみとともに希望の言葉に聞こえてくる。
註:
日本盤CDブックレットには坂本信氏によるこの14人の追悼文とチック本人のメッセージの全訳が掲載されている。坂本氏はチックの来日滞在時に雑誌などのインタビューの通訳を幾度となく務められた。
■作品情報
チック・コリア
『フォーエヴァー・ユアーズ~ザ・フェアウェル・パフォーマンス』
チック・コリア フォーエヴァー・ユアーズ~ザ・フェアウェル・パフォーマンス
Available to purchase from our US store.01. ウェルカム・スピーチ
02. アルマンドのルンバ
03. イット・クッド・ハプン・トゥ・ユー
04. オーヴァージョイド
05. モーツァルト:ピアノ・ソナタ第12番 ヘ長調 K.332 (第2楽章:アダージョ)
06. 煙が目にしみる
07. モンクとバドについて語る
08. ラウンド・ミッドナイト
09. トリンクル・ティンクル
10. ダスク・イン・サンディ
11. ワルツ・フォー・デビイ
12. イン・ア・センチメンタル・ムード
13. 『ポートレイト』について語る
14. ポートレイト:サム
15. 次の「ポートレイト」の紹介
16. ポートレイト:テリ
17. 『チルドレンズ・ソングズ』について語る
18. チルドレンズ・ソング No. 1
19. チルドレンズ・ソング No. 2
20. チルドレンズ・ソング No. 10
21. チルドレンズ・ソング No. 17
22. チルドレンズ・ソング No. 19
23. チルドレンズ・ソング No. 20
