チャールス・ロイドの最新作は、寛大で広がりのある2枚組アルバムであり、彼の作品を追う者たちへの真の贈り物である。しかし、ロイドには依然として謎めいた空気が漂っている。ほとんど神秘的と言って良い沈黙の気配である。故に、新作や自身の芸術、キャリアに関する質問をメールで送ったところ、彼から返って来た答えが謎めき、ほとんど禅問答のように簡潔であったことも当然と言えよう。それらは、彼がサックスに吹き込む一息一息と同じく、簡潔さと明晰さを湛えていた。

確かに、ロイドの作品には数十年に渡り強力な精神的要素が込められてきた。超越瞑想の熟練実践者である彼の1972年アルバム『Waves』収録曲「TM」は、この技法がもたらす深い平安を今なお見事に喚起する。それは今日に至るまでロイドの芸術を活気づけるものである。彼は私にこう語った。「無限の深淵に潜り、相対的な世界の表面に浮上する時、無限の微粒子が息吹に染み込むのだ」

Charles Lloyd / Figure In Blue

チャールス・ロイド / Figure In Blue

Available to purchase from our US store.
視聴

ロイドがヴェーダーンタ哲学を敬愛し、その精神世界に畏敬の念を抱いて来たことは、長年に渡り彼の音楽を形作ってきた要素である。インド音楽もまた、繰り返し彼の作品に影響を与えてきた。その象徴が、2001年に初めて共演し、2024年に逝去したタブラの巨匠ザーキル・フセインとの深い交流である。こうした精神性と友情は「Hymn To The Mother, for Zakir」という楽曲に愛情を込めて描かれており、この曲はフセインに捧げられている。ロイドは「これは生涯に渡る深い絆であった」と語る。「あらゆる次元において深い愛と敬意があった。私は彼を懐かしく思い、予期せぬ瞬間に、心の中で彼の美しい声が響いてくることがある」

しかし、新たな音楽的な繋がりも常に生まれている。『Figure in Blue』では、ピアニストのジェイソン・モランとギタリストのマーヴィン・セウェルによる全く新しいトリオがフィーチャーされている。このトリオは、今年ロイドの87歳の誕生日にサンタバーバラのロベロ劇場で開かれたコンサートのために初めて結成され、そのまま直ちにスタジオへと向かったのである。モランもセウェルも過去に様々なプロジェクトでロイドと広く共演して来たが、3人が一堂に会するのはこれが初めてである。ロイドはこう述べる。「共に探求する時機が熟した、と感じた」この試みは、2022年に発表されたライヴ3部作『トリオ・オブ・トリオズ』に代表されるように、近年ロイドが取り組んできた親密なトリオ編成の探究の最新形でもある。なぜロイドはこの形態に繰り返し立ち返るのか。問いかけると彼はこう断言する。「私は飛翔することを愛している。しかし下を見てはならない。時間は拡張するのだ」

ロイドの探究がどれほど斬新であろうと、彼のあらゆるアルバムが長きに渡るキャリアを彩る壮麗なモザイクの欠片として不可欠な位置を占めていることは、常に揺るがぬ印象である。『Figure in Blue』に収められた多くの楽曲は、彼が過去に録音してきたものを再訪したものだ。それは2016年のアルバム『アイ・ロング・トゥ・シー・ユー』で演奏した永遠の賛歌「アバイド・ウィズ・ミー」だけでなく、自作曲にも及ぶ。「Desolation Sound」(2022年『Sacred Thread』収録)や「Song My Lady Sings」(2022年『Chapel』収録)がその例である。この様に、繰り返し同じ曲を探求し続ける姿勢は、他の音楽家があまり試みないことであり、そこにはロイドが各瞬間において新しさを見出そうとする強い関心が表れている。ロイドはこう語る。「太陽は毎朝昇り、毎晩沈む。繰り返されるが、決して同じではない」

ロイドが自身の過去と向き合う方法は他にもある。アメリカ南部、テネシー州メンフィスに生まれた彼は、常にブルースへの愛を作品に注ぎ込んできた。『Figure in Blue』では、セウェルの荒削りなボトルネック・ギターが奏でる「Chulahoma」の様な楽曲でそれが響き渡る。ロイドはこう説明する。「チュラホマは地図上の地名だ。祖父の農場があったミシシッピ州から南へ少し行った所にある。私はブルースに浸りきって育った。ジョニー・エース、ロスコー・ゴードン、B.B.キング、そして偉大なるハウリン・ウルフからブルースの道へ誘われたんだ。彼らは本質に根ざした生々しいアプローチをもたらしてくれた。マーヴィンも南部のルーツを持つ、その足に付いた赤土もまた本物だ」

ザキール・フセインへのオマージュに加え『Figure in Blue』にはジャズの偉大な巨匠たちへのオマージュも込められている。「Figure in Blue, Memories of Duke」はデューク・エリントンに、「The Ghost of Lady Day」はビリー・ホリデイに捧げられている。ロイドにとって、こうした音楽界の「永遠の巨匠たち」を讃えることは重要な事なのだろうか?彼はこう語る。「我々は皆、先人の肩の上に立っている。前へ進むと同時に、宇宙のミクロコスモスとマクロコスモスにおいて、どのような位置を占めるかを認識し、認めることが重要なのだ」

キャリアが70年を超えた今、ロイド自身もまた伝統の中で欠くべからざる存在であることに疑いはない。齢を重ねる過程が彼の演奏や音楽観にどの様な変化をもたらしたのかと思わず問いたくなる。彼はこう答える。「創造主が今なお私にそれを授けてくださっていることに感謝している。日々、無常を思い起こさせてくれる」チャールス・ロイドは常に私たちと共にあるかのように感じられる。激動する現代の世界にあって、彼は未来に、そして音楽が人類の進化と生存に果たす役割に、なお楽観的であり続けるのだろうか。彼は祈るように語る。「未来は未知なるものだ。私の人生において音楽は常にインスピレーションと慰めを与えてくれた。これからも音楽がこの地球上の人々にそうあり続けることを願っている」

Charles Lloyd / Figure In Blue

チャールス・ロイド / Figure In Blue

Available to purchase from our US store.
視聴

ダニエル・スパイサーはブライトンを拠点とするライター、放送作家、詩人。The Wire、Jazzwise、Songlines、The Quietusなどに寄稿。ドイツのフリージャズ界の伝説的存在ペーター・ブロッツマンとトルコのサイケデリック音楽に関する著作がある。


ヘッダー画像:マーヴィン・シーウェル、チャールズ・ロイド、ジェイソン・モラン。写真:ドロシー・ダール。