ニューヨークを拠点とするハーピスト、ブランディー・ヤンガーほどジャズ・ハープの遺産を受け継ぐにふさわしいアーティストはいない。彼女は過去10年に渡り、アリス・コルトレーンやドロシー・アシュビーといったハープの先駆者たちが持っていたスピリチュアルな雰囲気とソウルフルな旋律を自身のアルバム『サムホウェア・ディファレント』および『Brand New Life』(いずれもImpulse!レーベルより)において見事に体現してきた。また、ファラオ・サンダースやビヨンセといったジャンルを超えた多様なアーティストとのコラボレーションによって、彼女のメリスマ様式の旋律はより幅広いリスナー層へと届いている。
最新作『Gadabout Season』において、ヤンガーはこれまで以上にジャズ・ハープの系譜に接近している。本作の全10曲を、アリス・コルトレーン本人のハープを用いて録音したことによって、その精神性は一層深まっている。「初めてこのハープを弾く機会を得たのは、2017年の追悼コンサートの時よ。彼女の楽器にこれほど近付くことが出来たのは本当に驚きだったわ」と、ハーレムの自宅でヤンガーは語る。「2024年にハープの修復が終わり、私が管理者に選ばれたの。時間をかけてこの楽器と向き合い、練習を重ねることができたおかげで『Gadabout Season』の録音時には、まるで自分の身体の一部の様に感じられたわ」

BRANDEE YOUNGER Gadabout Season
Available to purchase from our US store.2023年の『Brand New Life』がドロシー・アシュビーの作品を再解釈したアルバムであり、2021年のImpulse!レーベルからのデビュー作『サムホウェア・ディファレント』が「ライブ演奏のような構成」とヤンガー自身が語るオリジナル曲によって構成されていたのに対し、『Gadabout Season』は彼女の作曲プロセスにおける新たな節目を示す作品である。「このアルバムには物語性がより強く織り込まれているの。と言うのも日記の様に書いたから」と彼女は語る。「こうした意図を持って書いたのは初めてで、その結果、聴いてくださる方には、文字を読まなくても私の日記に込めた想いが感じ取れる様な構成になっているはずよ」

ブランディ・ヤンガ ブラン・ニュー・ライフ
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BRANDEE YOUNGER Somewhere Different
Available to purchase from our US store.本作に収録された10曲は、いずれも強い感情的意図をもって構成されている。例えば「Breaking Point」では、切迫した旋律のつま弾きと複雑なドラムが、不安に満ちた精神状態を想起させる。シャバカを迎えた「End Means」では、瞑想的なフルートの演奏が内省的な自己探求の空気を醸し出す。「New Pinnacle」における豊潤なグリッサンドは、恋の初期段階における包み込まれるような陶酔感を想い起こさせる一方で、ジョシュ・ジョンソンを迎えた「Discernment」におけるサクソフォンの高鳴るファンファーレは、自己受容の力強い瞬間を描き出している。
ヤンガーは本作を「これまでで最も正直なアルバムのひとつ」であると語っている。というのも、本作は長年共に活動してきたトリオ、ラシャーン・カーター(ベース)とアラン・メドナード(ドラム)との共同制作によるものであるからだ。「ここ数年、私たちはずっとツアーで各地を巡っていて、その経験を通じて個人的にも音楽的にも深い親しみが育まれたわ。だからこそ一緒に録音する際には、言葉を交わさずとも通じ合える感覚があるの」と彼女は語る。「しかも今回はラシャーンがプロデュースを手がけ、録音も私の自宅で行ったことで、非常に親密で心地良い空間が生まれたわ。そこにいたのは私たちだけだったから、偽りようがなかったの」
従来の様にスタジオに籠もって一気に録音を終える、ヤンガーが「一発録り」と呼ぶ様な制作方法ではなく、慣れ親しんだ自宅の環境で録音することで、彼女とバンドはより多くの時間をかけて実験的な試みを行い、熟考し、必要に応じて録り直すことが可能となった。「例えば「Reckoning」や「Discernment」では、その場で即興的に生まれた演奏をそのまま収録したの」と彼女は語る。「「End Means」では、カリンバのように弦をミュートする拡張奏法を使ったり、じっくり考え抜く時間があったの。そうした瞬間が、これまでのどの作品よりもこのアルバムにははっきりと刻まれているわ」
さらに、本作にはヤンガーのトリオに加え、豪華な客演陣が名を連ねている。マッカーサー・フェローでピアニストのコートニー・ブライアン、英国ジャズ界の重鎮シャバカ、ミシェル・ンデゲオチェロのバンド・メンバーであるジョシュ・ジョンソン、そして常連のマカヤ・マクレイヴンやジョエル・ロスといった面々である。「今回のゲストは、どのアーティストも自然な形で関わってくれたわ。それがアルバム全体のテーマ、『遊び心』に見事に繋がったのよ」とヤンガーは語る。「『Gadabout』とは、幸福を探し求める人のことを指す言葉だけど、それこそが私がバンドと共に目指しているものなの。たとえツアーの最中で疲れ果てても、私たちは常に喜びを見出そうとしている。最終的に、このアルバムは『旅の中で喜びを見つける』ことを描いていて、それは誰もが共感できるテーマなのよ」

実際、『Gadabout Season』における感情の起伏を通して聴き進めて行くうちに、最終的に胸に残るのは、何よりも『喜び』という感覚である。それは実に感染力のある感情であり、ヤンガーの巧みな演奏技術や、アリス・コルトレーンのハープが持つ永続的な存在感だけに向けられたものではない。むしろ、自由奔放に展開される、豊かな歴史を持つジャズの伝統そのものに対する賛歌である。この『Gadabout』という名の元に、ジャズの遺産がこれからも様々な姿を纏いながら生き続けることを、心から願いたい。
アマー・カリアは作家、ミュージシャン。ガーディアン紙のグローバル音楽評論家であり、Observer、Downbeat、Jazzwise等に寄稿。デビュー小説『A Person Is A Prayer』が発売中。
ヘッダー画像:ブランディー・ヤンガー。写真:エリン・パトリス・オブライエン。