「ジャケット写真は砂漠の山の上で撮影しました。挑戦のアルバムですから、“カリフォルニアの明るい青空の下”みたいな感じとは違うと思いましたし、カメラマンとコンセプトを打ち合わせて、このようになりました。雲に襲われるんじゃないかというくらい高いところに行って、サンダル履きだったのでヒアリに刺されないように気を付けて(笑)。今までの自分の作品にはまったくないタイプのジャケット・デザインに仕上がったと思います」

桑原あい Flying?

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2024年からロサンゼルスを拠点に活動する桑原あいが、約3年ぶりにニュー・アルバムを発表する。タイトルは『Flying?』。サム・ウィルクスとジーン・コイとのトリオによる演奏を軸に、さまざまな気鋭ミュージシャンとのプレイを収めた爽快な一作だ。題名についた“?”(クエスチョンマーク)も、なんとも興味をかきたてる。

「“Flying”とは、まだ言い切れない状態です。LAに来てから1年半が経って、スタートラインに立てているかなとは感じていますが、『もっといけるかも』と自分に期待を込めている作品なので、言い切るよりはクエスチョンマークを付ける方がふさわしいなと思いました」

以前からLAに住んでみたかったが、実行しようと決意してからは速攻で動いた。

「それまでにもスティーヴ・ガッドとウィル・リーとのトリオなど、けっこうインターナショナルな活動もさせていただいたのですが、『タイミングを見計らってアメリカに行こう』という気持ちはありました。その矢先にコロナになって、『私はこれでいいのだろうか』みたいなストレスがかかっていたときに『準備ができたら、もう行かなきゃ』と思って、ビザが正式におりてから1週間ぐらいでLAに飛びました。以前訪れたときから『住みたいな、空気を吸って生きてみたいな』と思っていた街がLAだったんです。

今回のアルバムに参加しているサム・ウィルクスとジーン・コイのふたりと8年前に初めて共演したのもLAでした。私のライヴを主催したクインシー・ジョーンズ・プロダクションが2人を紹介してくれて、演奏して、『LAのミュージシャンはこんなにすごいのか』と大きな衝撃を受けてから8年間、私は彼らの音を忘れたことが一度もなかったですし、『サムとジーンと何か作品を残す』と決めて生きてきました。2人と出会ってから、LAのミュージックシーンに入りこんでみたいという気持ちはありましたし、私が世界で一番好きな音楽家であるクインシー・ジョーンズがずっといた土地でもありますし」

   

サム・ウィルクスとジーン・コイとの新トリオ

ジーン・コイは上原ひろみ Hiromi’s Sonicwonderの一員としても注目を集めるドラマー。共演者のリストにはファラオ・サンダース、フライング・ロータス、ラリー・カールトンなど錚々たる顔ぶれが並ぶ。

「ジーンのようなドラマーはとても珍しいと思います。とにかく世界が広い。バックボーンにあるゴスペルの重みを持ちつつ、ジャズとか、いろんな音楽でコミュニケーションがとれます。ゴスペルのミュージシャンにはグルーヴが重くて、ダイナミクスに関してもフォルテからフォルテシモぐらいまでという印象が私にはありますが、ジーンの演奏はダイナミクスが広くて重量感もある。彼と一緒に演奏していると何でもできる気になりますね。何をしても受け止めてくれるし、人柄も本当に明るくて。彼の人間性そのものがドラムの演奏になっている感じです」

サム・ゲンデルとのデュオや、インディーロック系の名作『Driving』などでも才気を振りまいてきたサム・ウィルクスは、ベーシストとしての凄みを発揮するとともに、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのカヴァー「Parallel Universe」でヴォーカルも聴かせる。

「ベーシストとしてのサムは、一音にかける責任がすごい。もう絶対この場所でこの音を弾いてやるという意志が伝わるアプローチです。彼は『こういうコード進行で、こういうリズムだから、こういうふうに弾けばいいんだな』というようなアプローチはしません。徹底的に考えて演奏しますし、弾いたときの鋭さがえげつないんですよ。毎回、鋭いベースのグルーヴが刺さってきて、ジーンがそれを受け止めて、鉄壁のようなリズム隊が生まれる。私はそこにただ乗っかるだけですね(笑)。歌に関しては・・・・『1曲歌ってもらえない?』って言ったら、『普通はやらないけど、あいが言うならやるよ』と言ってくれまして、『Parallel Universe』ならサムの声に合うし、アレンジは私に任せてほしいということで録音しました。あのメロディはコードを変えたらとてもエスニックな感じに響きますし、歌入れはサムにお任せという感じでした」

   

愛犬とハミングバードから生まれたナンバー

桑原のオリジナル曲は、計5トラックを収録(共作を含む)。新天地ロサンゼルスは、彼女の音楽的な引き出しを縦にも横にも奥にも広げたようだ。

5歳になる愛犬のことを思って作った「The day you found us」は日本にいた頃にできていたスケッチを完成させたものですが、ほかは全部LAで書きました。クインシー・ジョーンズが言っていた『人生で必要なものは水と音楽だ』は私の大好きな言葉のひとつですが、その言い回しをちょっと変えて曲名にしたのが『Without Water, And Music』。あえていろんな風にとれる、ちょっと暗号みたいな題名にしました。この曲とマルーン5のカヴァー「This Love」ではフェンダー・ローズも演奏しています。

また、「What hummingbirds teach us about flying」は本当にハミングバードを見て作った曲です。レイ・チャールズの伝記映画(『レイ』)の中で、レイが女の人を口説くときに『ハミングバードの声が聞こえる』というシーンがあって、以来ハミングバードを見てみたいと思っていました。あと、それとは別のタイミングで知ったのは、山火事になっていろんな動物たちが逃げるときに、1羽のハミングバードが唇にくちばしに含んで、燃えているところに水滴を落としていく話。『そんなことしても無駄だよ、火は消えないよ』と笑われても、ハミングバードは『僕は自分ができることをしているだけだよ』と言う。それだけの内容ですが、私はなんて美しいお話だろうと思うんです。初めてハミングバードが自宅の庭に現れた時は心が震えました。ホバリングというヘリコプターのような飛び方で、濁ったような音をさせて飛んでいるので、最初は何者だ?と思いましたが(笑)。そこで生態に興味を持って調べたところ、彼らは飛ぶときに前頭部に全エネルギーを注いで命がけで飛んでいるらしい。これはものすごい生き物だと感動しまして、気づいたら曲が書けていました。飛ぶということを教えてくれるという意味で、私がアメリカでどう羽ばたいていくかという部分で、『What hummingbirds teach us about flying』という曲はアルバム・タイトルの『Flying?』とも重なるところがありますね」

    

LAの山火事を体験して意識が変わった

カヴァーに関しては、“西海岸に縁があるアーティストの曲”というテーマで選ばれたという。モールス信号や警報を思わせる出だしから美しいメロディへと移りゆく「Heal The World」は、ことさら印象的だ。

「『Heal The World』は有名すぎて、私がカヴァーできる曲ではないと感じていました。そもそもマイケル・ジャクソンの曲をピアノのインストゥルメンタルで演奏するのは無理があるとも思っていたのですが、あの山火事(2025年1月~2月)で意識が変わりました。黒とオレンジとグレーが混ざったようなすさまじい空の色・・・・私の家は避難エリアに入ってしまったので、友達の家に2日間避難しましたが、その中で人と人が助け合うところも本当に近くで見ることができました。友達はインスタグラムで自分の家の住所を載せたりして『部屋が空いてるからおいで』とすぐに開放して、『犬も一緒に来ていいよ』とか、消防士さんたちは燃える山の中に入って鹿とか小熊とかも助けたり、生き物に対する優しい行動がいろんなところで起こっていました。

音楽シーンは2週間ぐらい止まりましたが、伝染する病気ではないですし、“今こそ音楽で元気に”みたいなムーヴメントも起きてきて、そういう人々の行動力とかを見ていたときに、『Heal The World』を演奏するのは今しかないんじゃないかと思うことになりました。イントロの部分は山が呼吸しているような、祈りのような叫びのような、いろんな感情が混じったイメージです。そういうふうに弾いてほしいとギターのホレス・ブレイにもお願いしました」

ほか、曲によりジェフ・リトルトン(b)、山田玲(ds)、ケヴィン・リカルド(per)、タイキ・ツヤマ(b)、ゴードン・キャンベル(ds)等も参加。心から共演したかった面々のサポートを得て、心ゆくまで自身の望む音楽を表現している印象を受けた。

「今までの私のアルバムの中で一番素直な一枚だと思います。それまでの私はどんな作品にするのか、何をコンセプトにするのか等を考えてからアルバムづくりを始めていましたが、今回は必死な状態の中、LAでどうやって生きていこうかと考えているうちに自然にできた内容です。素晴らしいミュージシャンが集まってくれたおかげで、自分に希望を持つことができました。ここには本当に超超等身大の私がただ反映されています。今までの私とはちょっと色が違う部分もあると思いますが、そういう部分を見つけて面白がりながら聴いてほしいですね」

           

■作品情報

桑原あい
Flying?

桑原あい Flying?

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1. Flying?
2. This Love
3. The day you found us
4. Without Water, And Music
5. Parallel Universe feat. Sam Wilkes
6. What hummingbirds teach us about flying
7. Éclat
8. Heal The World

<参加ミュージシャン>
桑原あい(p, el-p)
サム・ウィルクス(el-b, vo) on 1-3, 5, 6, 8
ジーン・コイ(ds) on 1-3, 5, 6, 8
ホレス・ブレイ(g) on 1, 8
ジェフ・リトルトン(b) on 4
山田玲(ds) on 4
ケヴィン・リカルド(per) on 4
タイキ・ツヤマ(el-b) on 7
ゴードン・キャンベル(ds) on 7

★2025年2月、ロサンゼルス、ヤニヴ・スタジオにて録音


ヘッダー画像:Photo © Makito Umekita