分刻みのスケジュールをこなすドンにレーベルの過去・現在・展望、そして彼の精神的なバックボーンである故郷のデトロイトについて尋ねた。中国のジャズを世界に紹介することは、ブルーノートにとって数年来の課題だったという。

「私が初めて中国を初めて訪れたのは2019年のことだった。その時は「もしかすると他の国ではある種、アメリカの文化を押し付けるようなことができるかもしれないが、この国では難しいな」という印象を受けたし、ジャズ・ミュージシャンはいるにはいたけれど、シーン自体が確立されていなかった。そこでいったん頓挫した形になったんだが、新しくCEOになったティモシー・シューが大のブルーノート・ファンで、彼の息子もドラマーで北京や上海のクラブで演奏するなど、ジャズ・シーンに通じている。そこで今年に入ってから中国を再び訪れて、この国のジャズを世界に広げたいということで、その第1弾アーティストとしてINNOUTを紹介することになった。彼らは既にカーネギー・ホールで演奏したこともあるし、世界のどの国でも受けいれられるであろう才能ある若手だ。作風については、一種のアンビエント・ジャズと言えばいいかな。ギタリストのシャオ・ジュンはジョン・アバークロンビーに傾倒している。続いて3、4アーティストの発表を控えているよ」

INNOUTは、ギタリストのシャオ・ジュンとドラマーのアン・ユーによるデュオ・ユニット。ピアニストのアーロン・パークスも彼らを称賛するひとりだ。あっといわせるアーティストを傘下に収めるのは、ブルーノートが持つ一種の伝統だ。

「ブルーノートが誰かと契約する際の最も重要なポイントは『音を聴いたときに、何かを感じられるかどうか』に尽きる。高い技術があってたくさんの音を出すミュージシャンも数多いだろうが、それだけでは感情が満たされないじゃないか。ブルーノートはあくまでも生命体のようなものだと思っている。もちろん、このレーベルは地球上、ジャズに関する最高のカタログ(旧譜)を持っているけれど、過去のものだけを伝えてゆくだけなら、それは博物館になってしまう。ブルーノートの理念は、生き続けるものを作り続けることなんだ」

ドンが2012年に社長になってから、ブルーノートやジャズを取り巻く環境はどのように変わったのだろうか。

「嬉しいことに、音楽は今も進化し続けていると感じている。ブルーノートの社長に就任後、最初のミーティングはロバート・グラスパーとのものだった。彼が『ブラック・レディオ』のラフミックスを持ってきたことを覚えている。あのアルバムは結果的にジャズ・ミュージック・シーンを変える1枚になったと思う。ヒップホップで育った若い世代のファンをジャズの世界に引き入れたんだからね。今はジャズとヒップホップを融合した本当にたくさんのプレイリストが目に入るし、たとえばアメリカや日本のブルーノート・ジャズ・フェスティヴァルでは本当に一言で言い表せないほど幅広いジャズの形を聴くことができる。そのきっかけのひとつとなったのが『ブラック・レディオ』じゃないかな。そう考えると、今もジャズは力強く生きていて、決して死んでいない。変わったことがあるとしたら、ディストリビューションのメソッドに関してだと思うけれど、いかに音楽を広く届けられるかということは二次的なものだし、素晴らしい音楽があればそれは人の耳、心、魂へ自然に届くと思う」

「音楽業界の現況は決して悪くないと思うんだ。常に新しい音楽が作られ続けているし、そうしたものは、直ちにというわけではないかもしれないが、人々のところに届くと自分は信じている。今、自分たちが出しているジョエル・ロス、イマニュエル・ウィルキンス、メリッサ・アルダナ、ジュリアン・ラージ、ガブリエル・カヴァッサ、ブランドン・ウッディ、ドミ&JD・ベックなどは60年後も聴かれていると信じているよ。短期間だけ大いに売れるような音楽でもないし、『来年は誰が聴いているのかな?』と疑問になってしまうようなタイプの音楽でもないからね」

来たる9月にはドン・ウォズ&パン・デトロイト・アンサンブルを率いて、約30年ぶりに“ベーシストとしての姿”を日本のファンにアピールする予定。ブルーノートの歴代社長の中でもミュージシャン経験を持っている人物は彼が初めてであろう。音楽家としての経験や、ロック・アルバムのプロデュースで得たものも、すべてがブルーノートでの仕事につながっていると語る。

「アーティストがどんな思いで自分たちの音楽を作り出しているか、なかなか第三者にはわからないものだ。決して魔法のスイッチが突然入ってアルバムができてしまうわけではないし、アーティストが自分たちのインスピレーションをコントロールできるわけでもない。だから常にアンテナを張って、何か『心に来るもの』が降りてくるのを待つしかない。ボードに乗ってサーフィンの練習はできても、自分たちで波を生み出すことはできない——そういう感じかな。つまり、来た波に乗るしかないんだ。アーティストが自分で自分をコントロールできないことも、『(レコード会社が)作品を作ってほしいときに、(アーティストは作品を)即座に作れるものなんだ』と期待されるのも、どちらもしんどいことだよね。それをレコード会社が理解した上で、いかにミュージシャンのクリエイティヴィティをサポートできるか。自分のミュージシャンやプロデューサーとしての経歴は、ブルーノートでの仕事にも役立っていると思う」

前述のバンド名“パン・デトロイト・アンサンブル”が示す通り、デトロイトという街もドンの重要なファクターだ。ここで彼の感性は大いに育まれた。

「1940年代にアメリカの自動車産業が一気に盛んになった時、世界各地からデトロイトに労働者が集まってきて、同時にたくさんの文化も流入した。結果としてある種、音楽や文化のジャンバラヤといいたくなるような街になった。最初はバラバラな文化が散りばめられていた感じだったかもしれないが、時代の流れと共にそれが混じりあってきたんだ。そうした土地の音楽をずっと聴いてきた経験があるから、デトロイトの人間はオープン・マインドなところがあると思う。この街の大きな産業は自動車産業だけだったから、住民は同じ船に乗っているようなもので、自動車産業が栄えれば皆も潤う、だけど下火になると皆が下火になってしまう。『自分だけ他人より偉くなろう』という土地柄ではないと感じるね。この地とゆかりのある音楽家もジョン・リー・フッカー、ミッチ・ライダー、ケニー・バレル、ドナルド・バード、エルヴィン・ジョーンズ、どれも生々しくて魂がこもっていて、人間も音楽も誠実なのがデトロイトの特徴だと思う」

それにしても、85年以上もの歴史があるにもかかわらず、なぜブルーノートは新しい発見を与え続けることができるのだろうか。

「1939年に創立者がレーベルを立ち上げたときにマニフェストのようなものを出したんだ。そこに書かれていたのはオーセンティックな音楽を追求することと、アーティストたちの妥協なき表現の自由を守ること。それは我々にとっても神聖な、まるで聖書のようなものであるから、絶対に侵すことはない。その誠実な姿勢を守っていけば、決して目先のトレンドを追っかけることをしなくても、いい意味で『違いのある音楽』を発表し続けていけるんじゃないかな。また、『自分たちが信頼するアーティストと契約する』というところも、創立当時から変わっていないのではと思う。ブルーノートの歴史を見ると、先達から学んだものを演奏するだけにとどまらず、そこからまったく新しいものを創り出しているアーティストたちと常に契約してきたことがわかる。学んだことだけをそのまま受け継いできたような音楽ばかりを収録する会社であったなら、本当に退屈だったろうね。そうではなかったからこそ、85年以上の活気ある歴史を持つレーベルになったんだと私は考えている」

© MyriamSantos

「歴史的なものをより良いサウンドにして皆さんに届けることも、今を生きているミュージシャンによる先鋭的な音楽を届けることも、両方とも同じように重要だ。新しい作品が出ることによって昔の作品の聴き方が変わってくることもあるし、新旧を重んじてこそ、ブルーノートというレーベルが、より生き生きとしてくると思う。Tone Poetシリーズでは古典的な作品を2枚ずつ出していて、最近はアンドリュー・ヒル、サム・リヴァース、ホレス・シルヴァーらのアルバムを復刻した。今年出たニュー・レコーディングはジョエル・ロス、イマニュエル・ウィルキンス、ジェラルド・クレイトン、ケンドリック・スコット、マット・ブリューワーが集まったスーパー・グループ“アウト・オブ/イントゥ”、ジョシュア・レッドマン、メリッサ・アルダナ、移籍第1弾となるブランフォード・マルサリス、マヤ・デライラ、ブランドン・ウッディなど。ほか、ポール・コーニッシュやガブリエル・カヴァッサのデビュー作、アーロン・パークスやチャールス・ロイドの新作なども予定している。楽しみにしてほしいね」

ドンのオープン・マインドぶりは、日本滞在中の数日間でも大いに発揮された。

「日本にいると、いろんな場所からインスピレーションを受けるね。先日は、あるカフェで1970年代の日本のジャズ・レコードを初めて聴いた。スリー・ブラインド・マイスというレーベルの作品だったが、強いエネルギーがあって、アメリカ人である私にも訴えてくるものがあった。こうした日本のジャズを、ユニバーサルミュージックを通じて世界に紹介できないかとも思っているよ。東京ではいろんな場所に足を運んだけれど、音楽と本とファッションを一緒にしたイベントがあったり、眼鏡屋さんが眼鏡と音楽とアートのインスタレーションをしていたり、本当にクールだ。ブルーノートも、ファッション界のように季節ごとのコレクションみたいな感じでリリースをしたら面白いのかなとも考えたね。皆さんは、とても文化的に活気のあるなかで暮らしていると思うよ」

     

■来日公演情報

ドン・ウォズ&パン・デトロイト・アンサンブル
日程:2025年9月24日(水)~26日(金)
会場:ブルーノート東京
[1st] Open 5:00pm Start 6:00pm / [2nd] Open 7:45pm Start 8:30pm
詳細:https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/don-was/

Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN 2025
日程:2025年9月27日(土)、28日(日)
※ドン・ウォズ&パン・デトロイト・アンサンブルは9月27日(土)に出演
会場:有明アリーナ
開場 12:00 開演 13:00
詳細:https://bluenotejazzfestival.jp/