今年の上半期に出会ったアルバムでいちばん。そう思えるくらい好きだし、凛とした響きに聴き惚れている。伊藤ゴロー、ジャキス・モレレンバウム、パウラ・モレレンバウム。この3人の連名による『TREE, FORESTS tribute to RYUICHI SAKAMOTO』の話だ。

伊藤ゴロー+パウラ・モレレンバウム+ジャキス・モレレンバウム
TREE, FORESTS tribute to RYUICHI SAKAMOTO

タイトルが示す通り坂本龍一へのトリビュート・アルバムだが、取り組んだ3人は生前の坂本と共演を重ねてきた面々。それぞれの坂本への想いと、3人の相互の理解の深さと、坂本が愛したアントニオ・カルロス・ジョビンへの敬意。いろんな要素が美しく重なって、坂本のキャリア全体が炙り出され甦るような作風に仕上げられている。

「そもそもは、パウラの提案でした。『CASA』をトリビュートしたコンサートを日本でやりたいって」

そう伊藤は言う。『CASA』とは、モレレンバウム夫妻と坂本の連名で2001年に出された名作。アントニオ・カルロス・ジョビンへのトリビュート・アルバムのことだ。

「そこでまず日本でツアーをして、国内最終日の福岡公演の翌日に、韓国のソウルでこのアルバムのベーシック・パートのレコーディングをしました。僕ら3人に、ピアノとドラムスの5人で。だから、いま振り返ってみると、すごくライヴの雰囲気を感じる。みんなテンションが高かったんだなって。僕は事前にスコアをガッチリ作るので、その点では緻密に構成されているのですが、ツアーを通じてメンバーが曲を膨らませていってくれた。今までの僕のレコーディングのプロセスとはちょっと違っていたのは間違いないですね」

   

教授自身の趣味をできるだけすくい上げたかった

選曲は坂本のキャリアを俯瞰するようになされている。YMOの曲があり、ソロ・アルバムからの曲があり、「Rain」「美貌の青空」と続くところは坂本の映画音楽への貢献も浮き彫りにされている。「Rain」は『ラスト・エンペラー』(87年)の、「美貌の青空」は『バベル』(06年)の、挿入歌だった。「美貌の青空」では、角銅真実が思わず息を飲むような歌声を聴かせている。

「最初が『CASA』へのトリビュート・コンサートってところから始まったので、そのツアーで演奏した曲の中から、今回の収録曲を決めました。教授のキャリアを万遍なく、ってところは、実は意識していなくて。ただ、YMO後に教授がソロ活動で解放していった教授自身の趣味、それをできるだけすくい上げようという気持ちはあったような気がします」

伊藤が坂本のことを知ったのは、NHK-FMで放送されていた番組『サウンド・ストリート』でのことだったそうだ。伊藤は続ける。

「僕は青森出身なのですが、地方の10代の人間にとってあの番組は最高の情報源だったんです。クラシックから、民族音楽から、教授はオール・ジャンルで紹介してくれる。教授自身の音楽はもちろんなのですが、教授が紹介する音楽からも、僕は大きな影響を受けました。YMOの時代はテクノポップという一面に閉じ込めていた教授自身の趣味を、ソロになってからは広く解放していったように感じるんですよ。中でも『音楽図鑑』はかなり好きなアルバムでした」

Goro Ito + Paula Morelenbaum + Jaques Morelenbaum “TREE, FORESTS tribute to RYUICHI SAKAMOTO” Teaser

    

ジョビンと教授の音楽は同じ土壌で育っている

今回の伊藤とモレレンバウム夫妻のアルバムは終盤にブラジル色が強くなり、アントニオ・カルロス・ジョビンの「Fotografia」が取り上げられている。前述の『CASA』に収録されていたナンバーであり、初出は1959年にシルヴィア・テレスが歌ったボサ・ノヴァの古典。ちなみに、ジャキスはチェロ奏者として、パウラはバッキング・シンガーとして、生前のジョビンのバンドに在籍していた。ジョビンは1回だけの来日公演を86年に行なっているが、その時もバンドのメンバーとして、ジャキスとパウラはジョビンに同行していたのだった。

「今回、譜面を書いたり演奏をしたりして、あらためて思ったのですが、ジョビンの音楽と教授の音楽は、同じ土壌で育っていると思うんです」と、伊藤は言う。

「ジョビンの曲を演奏するのも、教授の曲を演奏するのも、同じ気持ちでいけるんですよ。違和感がないって言うか。教授がジョビンに影響を受けていたってこともあるし、たぶん、思い描いていた音楽っていうのが近いんじゃないかな。ふたりの曲を譜面におこしてみて、教授がジョビンから得たものはすごく大きかったんだなっていうことに気付きました。今まで思っていたよりもずっと大きいんだなって」

伊藤ゴローはブラジル音楽に精通したギタリストだが、今回はアルバム全体をボサ・ノヴァでまとめるとか、そういうことはしていない。アレンジがブラジル寄りになるのは、ラスト3曲。自身はギタリストとプロデューサーの役割に徹し、坂本龍一の広範な音楽観を鮮やかに提示している。それこそは、坂本の幅広い音楽の趣味に影響を受けたという、伊藤による坂本トリビュートなのだろう。もちろん、坂本によるジョビン・トリビュートのアルバム『CASA』が発端になっているわけだから、自然とブラジル音楽の要素も作品には持ち込まれる。そのナチュラルな佇まいが、アルバムの大きな魅力になっているというわけだ。

    

大切にしたのは、ハーモニーとアンサンブル

アルバムはYMOのナンバー「Happy End」で幕を開けるのだが、そこでエレクトリック・ベースを担当しているのが細野晴臣。伊藤は過去に細野との共演歴もあるのだが、何より本作に映し出されている伊藤の坂本観、そこに共鳴しての細野の参加だろうと思えるような演奏が聴かれる。

また、前述の角銅真実をはじめ、ピアノの佐藤浩一、ドラムスの小川慶太、ヴァイオリンの伊藤彩、フルートの坂本楽と、それぞれのメンバーが適材適所での快演を聴かせている。ジャキスのチェロが一級品なのは世界が知るところだし、パウラは自ら歌詞をポルトガル語にするなどしてリリカルな歌声を響かせている。

「ジョビンと教授の共通点を言葉にするのは難しいのですが、ハーモニーとかアンサンブルとか、そこは似ていると思います」

伊藤は続ける。

「今回のトリビュート・アルバムでも、ハーモニーとアンサンブル、そこは大切にしました」

最後にアルバムとは直接関係のない話で恐縮だが、伊藤ゴローの音楽の普及に熱心だったステレオサウンド社の編集員であり書き手である武田昭彦が先に急逝した。今回の坂本龍一トリビュートも天国の武田はきっと歓迎しているはず。僕はそう思っている。

    

伊藤ゴロー+パウラ・モレレンバウム+ジャキス・モレレンバウム
TREE, FORESTS tribute to RYUICHI SAKAMOTO

1. Happy End
2. Tango (Versão em Português)
3. Rain
4. 美貌の青空 (Bibo no Aozora)
5. Fragmentos
6. M.A.Y. in the backyard
7. Ongaku
8. Fotografia
9. Sayonara

Bonus Track:
10. Merry Christmas Mr. Lawrence re-modeled by Goro Ito / Ryuichi Sakamoto

<参加ミュージシャン>
伊藤ゴロー: Guitars, Sound Programming
パウラ・モレレンバウム: Vocal on 2, 5, 7-9
ジャキス・モレレンバウム: Cello
佐藤浩一: Piano
小川慶太: Drums, Percussion
角銅真実: Marimba, Vibraphone, Percussion, Vocal on 1, 3-6, 8, 9
伊藤 彩: Violin on 1-7, 9
坂本楽: Flute, Alto Flute on 1, 8
細野晴臣: Electric Bass on 1

Album Produced by Goro Ito
All Songs Arranged by Goro Ito


ヘッダー画像:©Great The Kabukicho