ジャズもR&Bもヒップホップも、カントリーやフォークも、もちろんロックやポップスも……といったように多様な音楽ルーツを持ち、最新技術や録音機器の利点を巧みに取り入れたシンガーは特に2000年代以降増え続けているが、このaron!は、より柔軟でおおらか、時に無邪気でお茶目な風合いがとてもチャーミングだ。

aron! cozy you (and other nice songs)

Available to purchase from our US store.
購入

 この6月6日にEP『cozy you(and other nice songs)』をVerveからリリースしたaron!(本名Aron Stornaiuolo)は、アメリカはノースカロライナ州シャーロット出身。8歳の時に音楽ゲームの『ギター・ヒーロー』をきっかけにギターに興味を持ち、地元の音楽学校でレッスンを受けるようになったという。通称“ギタヒロ”として日本でも人気を集めたこのゲームは、もともと北米で開発され、ギターを弾いているような気分を味わえるヴァーチャルな音ゲーの一つ。実際にギブソンSGをモデルにしたようなギター型のコントローラーを用いて遊べるのが特徴だ。ハードロック、パンク、ミクスチャー・ロックなどの人気曲が事前に多数収録されているので、aron!もこのギタヒロで数々のロック・クラシックを知ったのかもしれないが、しかしながら、実際にギターを習い始めた際、80歳のジャズ・ギターの先生と出会い、楽譜の読み方を学び、年季の入ったその“師匠”のジャズへの情熱を目の当たりにするに至り、本格的にジャズに没頭するようになったのだという。

 さらにロック・リスナーだった両親への反抗もあったようで、ノースカロライナ芸術大学に進学し、クラシック音楽の作曲を学んだ。そこではショパン、ラヴェル、バッハへの理解を深めていったそうだが、奇しくもちょうどコロナ禍だったこともあり、毎朝7時半に起きて一人でピアノに向かう日々を過ごすことに。だが、そうやって楽器演奏そのものに没入し、ピアノという楽器の構造などを熱心に研究したことが、aron!をさらに次のキャリアへと進ませることになった。

 その後、マイアミ大学に進学。全額奨学金を得てジャズ・ヴォイスと映画音楽を専攻。と同時に、インディー・バンドのSunny Side Up!のヴォーカリストとしても活動を開始する。この4人組バンドはアルバムこそ出していないが、2022年の「I Just Want A Girl To Give My Jacket To」を皮切りにこれまでに多くのシングル、EPをリリースしていて、ライヴ映像などもYouTubeでいくつか見ることができるのだが、これが驚くほど洗練されたポップで、ちょっとヴィンテージ感のあるメロウなソフト・ファンク。aron!はそこで軽快にカッティングしながらギターを弾いて歌っていて、これがなかなか華やかな雰囲気を纏っていて頼もしい。昨2024年のライヴ映像を見ると、「I Just Want A Girl To Give My Jacket To」ではオーディエンスからコール&レスポンスが起こっていて熱心なファンがついていることに気付かされる。今年に入ってからも新曲を公開しているので、このバンド自体、継続して活動しているようだ。

 しかしながら、aron!自身は2023年頃からソロとしての作品も積極的に制作するようになっていった。自ら“cozy pop”(居心地の良いポップス)を掲げ、独自にヴィンテージ感あるポップ・ミュージックを追求しながら、ソロならではの風合い、アイディアを盛り込んだ楽曲を公開。Spotifyなどのサブスクリプション・サービスでは2023年2月に公開された「The Other Side」がソロとして最も古い音源だが、この2年ほどでよりヴォーカリストとしての素養に力点を置いた曲作りに挑んでいることが伝わる曲ばかりが公開になっているのが興味深い。ジャズ、ブラジル音楽(というよりトロピカリズモ)、フォーク、ソウルなど音楽性にも幅が出ているが、それに伴い、aron!自身の歌い手としての表現も格段に広がりを見せている。昨年7月にはマイアミを拠点とする現在23歳の女性シンガー、Katerina Lomisとのデュエット曲「stormy sky」を発表。僅か1分10秒程度の小品ながら、カエターノ・ヴェローゾとガル・コスタの名作『Domingo』(1967年)を少し彷彿とさせる、憂いと穏やかさを纏った二人のハーモニーが実に心地よい。

 この頃になると既に多くのレーベルからオファーを受けていたようだが、2025年に入り名門のVerveと契約、シングル「cozy you」を4月に発表した。初めてのデートのドキドキする気持ちや、暖炉のそばでゆったり過ごす夜の雰囲気をテーマに、クラリネットとピアノのノスタルジックな響きがスモーキーだけど抜けのいい歌声を引き立てるこの曲こそ、aron!にとってのまさにcozy popであり、ヴィンテージ・ポップであり、彼が目指してきた歌世界の導入となるものだろう。もちろん、この6月にリリースされたVerveからのデビューEP『cozy you(and other nice songs)』からの先行曲で、6曲を収めたそのEPのオープナーとして置かれたもの。このEPは実際にそこから、まるで恋人になったばかりの二人がゆったりした夜を過ごし、まばゆい朝を迎えるまでを描いていくかのように、滑らかでたおやかな曲線を辿りながらラストの「eggs in the morning」で着地を見せる。押し付けがましさのないサラリとした声質と、極端なクセはないのに耳にそっと寄り添っていつまでも残る歌い回しから、ナット・キング・コールやビング・クロスビーのような、定番とも言える包容力のあるアーティストの作品を思い出す人も少なくないだろう。

 海外メディアで紹介された彼のこれまでのインタヴュー記事によると、彼は自身のスタイルを”シンガー・ソングライター・ジャズ”と呼び、普遍的な感情を反映した楽曲を目指しているようだ。「みんな今も昔も同じようなことを経験しています。失恋は失恋だし、愛は愛なんです。僕たちはみんな人間。『cozy you(and other nice songs)』のほとんどはそういうことを歌っています。僕の曲は、僕の人生の小さなエピソードなんです」とaron!。実際に気をてらうことなく、目の前の温かなムードにそっと体を預けるような彼の書く曲は、確かに洗練されたハーモニー、洒落たコード進行、ギター、ピアノのフレーズが、彼の作品に触れた誰をも小さな幸せで包んでいく。

 素顔のaron!はなんといってもまだ21歳。ラーメンやフォーが大好物という愛すべき青年だ。チャーミングでcozyなこのポップ・ミュージックがこれからどこ向けて飛び立っていくのか、楽しみに見守っていくことにしよう。

    

【リリース情報】

aron! メジャー・デビューEP『cozy you (and other nice songs)』

aron! cozy you (and other nice songs)

Available to purchase from our US store.
購入

トラックリスト:
1. cozy you
2. table for two
3. i think about you lots
4. a life with you
5. i hate it 
6. eggs in the morning