そのジャンルの聴き手に認知されている名盤と、そのアーティストに惚れ込んだ歴代のファンが喜びをみなぎらせながら愛聴してきたはずの作品が同一であるとは限らない。稀代のギター奏者ケニー・バレルの場合、ジャズ史上のマスターピースは『ミッドナイト・ブルー』か『ケニー・バレルの全貌』ということになろうか。本やウェブの名作ガイドにもよく出てくる、文句なしのアイテムだ。が、私に言わせると、これはフォーマルな、キメキメのバレルの姿。彼にはよりくつろいだ、“ラフな中に渋く輝くダンディズム”と描きたくなる一面もある。それを知れば、ますますケニー・バレルの演奏がいとおしくなるに違いない。
さて今回とりあげる『On View at the Five Spot Café: The Complete Masters』だが、これぞニューヨークの飾らないジャズ、ジャム・セッション的なノリもたっぷり含む、現場のにおいがプンプンしてくるようなジャズのひとこまであるといいたい。収録場所は、マンハッタンのバワリー地区の、75人も入れば満杯になったというジャズ・クラブ「ファイヴ・スポット」。1956年には最初期のセシル・テイラーがセンセーショナルを巻き起こし、57年にはジョン・コルトレーンを含むセロニアス・モンク・カルテットが長期出演、58年にはサックスをジョニー・グリフィンに替えたモンク・カルテットが『ミステリオーソ』と『セロニアス・イン・アクション』の二部作を録音、59年にはドン・チェリーを含むオーネット・コールマン・カルテットがロサンゼルスからやってきてロングラン公演を行うも賛否両論を呼び、61年にはエリック・ドルフィーとブッカー・リトルのクインテットが不滅のライヴ・レコーディングを残した。
59年8月25日(火曜日)、バレルはアート・ブレイキー(副リーダー格)、ボビー・ティモンズ、ティナ・ブルックス、ローランド・ハナ、ベン・タッカーらと「ファイヴ・スポット」にあらわれて、おそらくワン・ナイト・パフォーマンスをおこなった。演奏は5thセットまで続き、その模様はルディ・ヴァン・ゲルダーがステレオ収録。5曲が60年春、モノラルLP『On View at the Five Spot Cafe』(BLP-4021)で世に出た。ちなみにこのアルバムのステレオLPは、私の知る限り1979年に日本のキングレコードからリリースされた品番GXK-8106までない。リアルタイムでは惨敗もののセールスだったと伝えられるソニー・クラーク『クール・ストラッティン』すら67年頃に本国アメリカでステレオ盤として出し直されているだけに、いささか不思議だ。87年には3曲を追加したステレオ盤CDがアメリカで出て、そしてこの2025年、LP3枚組、CD2枚組の“The Complete Masters”が遂に陽の目をみたわけである。
LPはジョー・ハーリーが監修を務める好評“Tone Poet”シリーズからの発売、しかも1枚1枚が重量盤、ジャケットも厚手なので、手にしたときの感触がとにかくゴツい。1枚目に4021のステレオ音源をそのまま収め、2枚目のA面を既発の未発表音源(というのも変な表現だが)、そのB面から3枚目いっぱいを初登場音源で占めたのもスッキリしていていい。ジュニア・パーカーのR&Bヒット「ネクスト・タイム・ユー・シー・ミー」のカヴァーや、いわゆる“リズム・チェンジ”による「ザ・テイク・オフ」の公開は特に貴重であろうし、「バークス・ワークス」などの別ヴァージョンも、ただでさえ録音の少ないティナ・ブルックスの、また新たな演奏に出会えるというだけで鑑賞意欲が増す。

しかも今回の新装版のブックレットには貴重な写真が大きなサイズで掲載されていて、さらにブルーノート・レーベルの現社長ドン・ウォズによるバレルの最新インタビューまで掲載されている。バレルは1931年7月生まれだから、夏が来ると満94歳になる。演奏活動から遠ざかって久しいけれど、元気である様子が、文字からとはいえ伝わってくるのは嬉しいことだ。
ブルックス以外の共演者についても触れておくと、59年当時のブレイキーとティモンズはもちろん“アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ”(以下JM)で多忙をきわめていた・・・のだが、JMの人事はまだ安定していなかった。アルバム『モーニン』が好評を博していたのはいいものの、その立役者のひとりであったベニー・ゴルソンは「役目は果たした」とばかりに年初めに脱退、旧メンバーのハンク・モブレーが後任を務めたけれど「ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル」出演(7月4日)後のどこかでお縄を頂戴され、8月上旬から元メイナード・ファーガソン・オーケストラのウェイン・ショーターが新サックス奏者として奮闘していた。そんな時期のティモンズとブレイキーである。なおこの59年8月25日、JMのトランペット奏者リー・モーガンはニュージャージー州のルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオに赴いて、サヴォイ盤『カーティス・フラー・ジャズテット』のレコーディングにゴルソンとともに参加している。

ケニー・バレル アット・ザ・ファイヴ・スポット・カフェ:コンプリート・マスターズ 【直輸入盤】【限定盤】【180g重量盤3LP】
Available to purchase from our US store.ローランド・ハナは同年4月にバレルを迎えてアトコ盤『デストリー・ライズ・アゲイン』を録音、9月25日にはベン・タッカーをベーシストに起用したトリオでやはりアトコに『イージー・トゥ・ラヴ』を残しているのだが、そこでとりあげられた楽曲のひとつが、ファイヴ・スポットでもプレイされている「ネクスト・タイム・ユー・シー・ミー」であることにも注目しておきたい。アレンジもギターの有無ぐらいでそれほど違いはない。つまり『On View at the Five Spot Café: The Complete Masters』を構成するミュージシャンは非常に近い位置で活動していた。ゆえに、これほどまでに親密な、活きのいいセッションが生まれたのだろう。