1961年5月から6月にかけて録音され、同年9月にリリースされた『アフリカ・ブラス』は、さまざまな意味でジョン・コルトレーンにとって画期的なアルバムであった。まず、本作はインパルス・レコードからリリースされた最初の作品であり、その後、生涯を終えるまで同レーベルに在籍することになる。また、ピアニストのマッコイ・タイナー、ベーシストのレジー・ワークマン、ドラマーのエルヴィン・ジョーンズという、後にクラシック・カルテットとして知られるメンバーの3/4が参加している一方で、彼らは最大17人もの追加ミュージシャンに囲まれて演奏している。そして最後に、本作はコルトレーンの全作品中唯一の大編成アンサンブルによる録音であり、そのディスコグラフィの中でも類を見ない存在となっている。
ジョン・コルトレーン アフリカ/ブラス
Available to purchase from our US store.当時コルトレーンは、アルト・サックス、バス・クラリネット、フルートを操るマルチ・インストゥルメンタリスト、エリック・ドルフィーと密接に活動しており、ドルフィーはカルテットのライヴにも参加し始めていた。二人は協力して、音楽で可能なことの限界を押し広げようとしていたのである。コルトレーンは1961年、ジャーナリストのブノワ・ケルサンとのインタビューで次のように語っている。「今のミュージシャンは、例えば1955年頃には試みようともしなかったようなことまで演奏しようとしている。今みんながやっていることは、1955年なら『いや、それはちょっと大胆すぎるんじゃないか』と言われていたかもしれない。でも今ではジャズ・ミュージシャンにとって大胆すぎるというものは、もはや存在しないように思えるんだ」
彼はまた、旋律面とリズム面での能力をさらに広げようとしていた。長年にわたりコルトレーンは和声の達人であり、どのようなコード進行であってもサックスの音域全体を自在に行き来する方法を見出していた。そのアプローチは名盤『ジャイアント・ステップス』で頂点に達し、『マイ・フェイヴァリット・シングス』にも引き継がれている。しかし、一見シンプルなヴァンプと低音域の探求を基盤とする『アフリカ・ブラス』の音楽は、彼の創造性における別の側面を引き出すことになった。
彼はケルサンに次のように説明している。「僕は学ぼうとしているんだ。メロディ的にもリズム的にも、自分の視野を広げようとしているんだよ。今、生まれつつあるこれらの曲は、リズムやメロディといった面で僕が考えていることの集大成なんだ。ハーモニーを完全に忘れたわけじゃないけど、2年前ほどには興味がなくなってしまったんだ」
『アフリカ・ブラス』には3曲のみが収録されており、冒頭を飾るのは片面いっぱいを使った大作「アフリカ」である。この曲ではカルテットに加え、ドルフィー、トランペット奏者ブッカー・リトル、トロンボーン奏者ブリット・ウッドマン、ユーフォニアム奏者カール・ボーマン、4人のフレンチ・ホルン奏者(ジュリアス・ワトキンス、ボブ・“ブラザー・アー”・ノーザン、ロバート・スウィッシェルム、ドナルド・コラード)、チューバ奏者ビル・バーバー、サン・ラ・アーケストラのバリトン・サックス奏者パット・パトリック、さらに第2のベーシストとしてアート・デイヴィスが参加している。
2本のベースは、脈打つような、どこか不穏さを帯びた鼓動を生み出し、曲の最後まで互いに絡み合いながら進んで行く。コルトレーンはライナーノーツのためにジャーナリスト、ドム・セルリに次のように語っている。「バンドには持続音(ドローン)のような響きを持たせたかった。そのためにベースを2本使った。主旋律は曲全体を通して流れ続ける。1人のベースがほぼ全編を通してそのラインを担当し、もう1人はその周囲でリズミックなラインを奏でる。レジーとアートは以前から一緒に演奏してきたので、互いの受け渡し方をよく理解しているんだ」二人のベーシストの相互作用と、エルヴィン・ジョーンズの力強く推進するビートが土台となり、ホーン・セクションは咆哮し、うなりを上げるジャングルのような響きを作り出す。まず重量感のあるリフ風のメロディを奏で、その後コルトレーンが前面へと進み出て情熱的なソロを繰り広げると、ホーンはうめき声を上げるように嘆き、叫ぶのである。
コルトレーンは『アフリカ・ブラス』のアレンジについてドルフィーを高く評価していたが、ドルフィー自身は自らの貢献についてより控えめな言い方をしている。「実際のところ、私がやったのはオーケストレーションだけさ。基本的な構想はジョンとマッコイがすべて作り上げた。そしてすべてはジョンから生まれたものだった。彼は自分が何を求めているのかを完全に理解していた。それは本質的には、彼のグループが持つフィーリングそのものだったんだ」
さらに彼はこう続ける。「このサウンドを思い描いたのはジョンだった。彼はブラスを求め、バリトン系の金管楽器を求め、あのまろやかな響きと力強さを求めていた
アルバムB面は「グリーンスリーヴス」で始まる。16世紀にさかのぼるイギリス民謡であり、タイナーが編曲し、当時のカルテットのライヴでも演奏されていた曲である。本作には、前年の大ヒット曲であり、一般のリスナーにとってコルトレーンを最も象徴する作品となった「マイ・フェイヴァリット・シングス」と共通する、哀切な響きとヴァンプを基調とした性格がある。この曲でもコルトレーンはソプラノ・サックスで長く探究的なフレーズを吹き続け、その背後では大編成アンサンブルがうねるように響く。タイナーの重厚なピアノ・コードが音楽を支え、前へと推し進め、ジョーンズは後方からリズムを細かく刻み続ける。
コルトレーンはこう語っている。「僕にとって、「グリーンスリーヴス」は演奏するのが一番楽しい曲なんだ。たいていの場合、いいリズム感とグルーヴが生まれる。この曲にほかのミュージシャンを加えることは挑戦だった。僕はカルテットのフィーリングを保ちたかった。だからマッコイがコンピング(即興的な合いの手)で使っていたのと同じボイシング、同じリズムを採り入れたんだ」
ジョン・コルトレーン アフリカ/ブラス
Available to purchase from our US store.アルバムの最後を飾る「ブルース・マイナー」は、そのタイトルが示すとおり、ハードにスウィングするブルースであり、不穏な「アフリカ」に対する明快な返答のようにも感じられる作品である。同時に、それまでファンが愛してきたコルトレーンが依然としてそこにいることを示す証でもある。彼はセルリに次のように語っている。「アフリカのリズムはアメリカのジャズに影響を与えてきた。和声的にはジャズが取り入れられるものもあると思う。しかし私はずっと、リズムの面で何かを見つけようと懸命に取り組んできた。それでも、4/4拍子ほどスウィングするものはないんだ」
フィル・フリーマンは、DownBeat、Stereogum、The Wireに定期的に寄稿しており、Burning Ambulanceの共同創設者でもある。モンタナ州在住。
