【DIGGIN’ THE NEW VINYLS #8】
注目のジャズの最新ヴァイナルをご紹介!
ビル・エヴァンス・トリオ『ホーンテッド・ハート:ザ・レジェンダリー・リヴァーサイド・スタジオ・レコーディングス』 4LP
至高のビル・エヴァンス・トリオ(エヴァンス=ピアノ、スコット・ラファロ=ベース、ポール・モチアン=ドラムス)は、およそ20か月の存続期間中に計4枚のオリジナル・アルバムを残した。順に1959年12月録音の『ポートレイト・イン・ジャズ』、61年2月録音の『エクスプロレイションズ』、61年7月のライヴを収めた二部作『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』と『ワルツ・フォー・デビイ』である。実況録音のほうは2002年リリースの『The Complete Live At The Village Vanguard 1961』で不完全テイクも含めて作品化され、“ひとまず耳にできるものはすべて公開された”のではないかと思うが、スタジオ収録のパフォーマンスに関しては、まだまだ全貌解明にはほど遠いものがあった。
ホーンテッド・ハート:ザ・レジェンダリー・リヴァーサイド・スタジオ・レコーディングス【直輸入盤】【限定盤】【180g重量盤LP5枚組BOX】
Available to purchase from our US store.そこに猛烈な勢いで飛び込んできたのが、当アルバム『Haunted Heart: The Legendary Riverside Studio Recordings』のリリース情報である。『ポートレイト・イン・ジャズ』、『エクスプロレイションズ』収録の全テイクはもちろん、そこからは漏れていたテイクが26種も収められていて、しかも17種が世界初公開! ジャズを愛する者なら目の色が変わっても不思議ではない。
エヴァンス、ラファロ、モチアンのトリオといえばジャズ史上に輝くマジック・トライアングルであり、既発作品は永遠のロングセラー、俗な言葉でいえば常時売れ線の組み合わせである。今に至るまでの60数年間、歴代の発掘プロデューサーもレコード会社の倉庫をひっかきまわしていたに違いないのだが、とにもかくにも、17種もの“新しいエヴァンス、ラファロ、モチアン”がこの箱にある。いかにしてこれらの演奏が見つかったのかについて、ライナーノーツを読んでも私は明確な理由にたどりつくことができなかったものの、発掘されて本当に良かった。リヴァーサイドという、途中で倒産したレコード会社のマスターテープが60数年間のあいだ保管されていたのも奇跡的なことといえるだろうし、テープにつきものの劣化も(少なくとも未発表テイクには)感じることはない。すでに3枚組CDとして国内発売されているとはいえ、箱に入った4枚組LPの豪華パッケージを手に取れば、どうしたところでアナログでも欲しくなるはずだ。ついでに忘れがちだが大切なことを書いておくと、録音当時はいうまでもなく、エヴァンスやラファロの生きていた時代にCDは存在していなかった。つまり演奏家は、リヴァーサイド・レコードのスタッフは、アナログ盤で聴かれることを前提に演奏し、テイクを厳選してA面B面にふりわけた。アナログ時代の演奏を収めた“新譜”を2026年にアナログで聴きつつ、若き日のエヴァンス、ラファロ、モチアンについて思いを馳せる——-これこそジャズファン冥利に尽きるロマンではなかろうか。
ビル・エヴァンス・トリオ ポートレイト・イン・ジャズ+1
Available to purchase from our US store.リヴァーサイドは同時期のブルーノート、プレスティッジ、サヴォイといったレーベルと異なり、ニュージャージーにあるルディ・ヴァン・ゲルダーの個人スタジオをほとんど使用しなかった。ヴァン・ゲルダーは昼間から夕方にかけて仕事をするポリシーだったようで、ジャズメンは録音を終えてからハドソン川を越えてマンハッタンに戻って夜のライヴの現場に向かった。いっぽう『ポートレイト・イン・ジャズ』の頃のリヴァーサイドが重用していたのはマンハッタンのリーヴス・サウンド・スタジオ(304 E. 44th Street、クライスラービルの比較的近く)。レコードだけではなくラジオの収録などもする、いわゆる貸しスタジオだったようで、リヴァーサイドのセッションは音楽家がライヴを終えた深夜から始まることが多かったようだ。ヴァン・ゲルダーのところで録音したあとにはジャズメンの“本業”であろうライヴが控えているけれど、リーヴスでの録音の場合は終わったら家に帰って寝るのみ。それだけでもミュージシャンの心理は相当に異なるものだったろう。60年代半ば以降のヴァーヴ録音の別テイクやボックス・セットなどを聴くと“エヴァンスはきっちりと事前にアレンジをしてからレコーディングに臨む”イメージを強く受けるのだが、『ポートレイト・イン・ジャズ』のセッションからはノンシャランというか、流れのままというか、同一曲におけるさまざまなアプローチを“これも面白いよね”という感じで試している様子が伝わってくる。朝までスタジオの借り時間はたっぷりあるから、それをフルに使って、ひとつの楽曲にいろんな角度から光を当てている感じだ。私が特に唸ったのは「いつか王子様」と「ブルー・イン・グリーン」の変遷具合であり、それが当ボックス・セットでは、実に生々しい形で味わえる。録音技師はジャック・ヒギンズ。
ビル・エヴァンス・トリオ エクスプロレイションズ +2
Available to purchase from our US store.『エクスプロレイションズ』では録音場所がベル・サウンド・スタジオ(237 W. 54th Street、今はホテル「ヒルトン・ガーデン・イン」)となり、ビル・ストッダードがエンジニアを担当する。エヴァンス・ファンにはキャノンボール・アダレイとの共演盤『ノウ・ホワット・アイ・ミーン』の音録りでも知られていようか。『エクスプロレイションズ』セッションについては、74年に来日したプロデューサーのオリン・キープニューズによる述懐がジャズ雑誌に載っている。それはもう、スコット・ラファロについて思い出し怒りをし放題で、彼の“脅迫”によってエヴァンスが悩んでいたこと、このベーシストがひどいジャンキーだったことなどについて触れている。が、ラファロがリーダーのピアニストとは異なりドラッグのドの字にも縁のない人物であったことは伝記『JADE VISIONS:The Life and Music of Scott LaFaro』が示す通り。キープニューズが何をどう誤解してここまでラファロをディスったのかわからない。しかも実際のところ彼は録音現場に立ち会っていなかったようなのだ! このボックス・セットを聴けばおわかりのように、『エクスプロレイションズ』セッションでは非常に多くのパフォーマンスが完奏状態で残された。つまりそれほど物事が順調に進んでいた、ということだろう。今回、目玉が飛び出るほど驚いたのが、この時点で「ウォーキング・アップ」が演奏されていること。まさかラファロ存命中からのレパートリーだったとは、当テイクの発見によってエヴァンス研究はさらに新章へ突入するのではないか。同曲は62年にエヴァンス~チャック・イスラエルズ~モチアンとのトリオによって再録、これが『ハウ・マイ・ハート・シングス』に収められてリアルタイムでは新曲として世に登場し、68年に入るとエディ・ゴメス~ジャック・ディジョネットとの組み合わせによる名演が『ラアット・モントルー・ジャズ・フェスティヴァル』に刻まれた。
