ル・ベゼ・サレ(Le Baiser Salé「塩味のキス」の意)は、パリでも屈指の知名度を誇るジャズ・クラブである。街の中心、ロンバール通りに位置する定員74名、観客を居心地良く迎え入れる空間は、数十年にわたり音楽ファンを魅了し続け、ジャム・セッションを行い、新進気鋭の才能を紹介し、ときに大物アーティストをさりげなく迎えてきた。
その常連のひとりであり、2010年以降この場所に頻繁に姿を現してきたのが、フランスで愛されるシンガー・ソングライター、フロア・ベンギーギである。
フロア・ベンギーギ&ザ・センシブル・ノーツ i-330
Available to purchase from our US store.ジャズで鍛えられ、ジャズに心酔するフロア。その声は柔らかく魅惑的でありながら、深く響き、芯の強さを備え、聴く者をうっとりさせるためにあるかのようだ。長年の音楽仲間であるコントラバス奏者ピエール=フランソワ・モーラン、ドラマーのマキシム・マリー、アップライト・ピアノのシャルル・トワと共に、フロールは過去の楽曲を現在へと引き寄せ、未来をほのめかす解釈で歌い上げる。さらにアナログ・シンセサイザーを加えることで、レトロとモダンが交錯するムードをいっそう際立たせている。
「私は静寂の中で夢を見ることができ、望むときに言葉を発することができる。そして、川は自分が目にするものを理解しているのだと、私は知っている」――フロアは、聴き手に寄り添うような親密な歌い口でそう歌う。「なぜなら、彼女は男よりも理解力があるから」
「More Understanding Than A Man」は、1950年代後半にカルト的人気を誇るアメリカのシンガー・ソングライター、マーゴ・ガーヤンによって書かれた楽曲であり、今回あらためて掘り起こされた珠玉の一曲である。この楽曲は、フロア・ベンギーギ&ザ・センシブル・ノーツによるデビュー・シングルであり、彼らの確かなジャズの演奏力が存分に披露された1曲である。
本作は、ピガールのスタジオにて、全てのミュージシャンが同じ空間に集まってレコーディングされた。さらに女性クラリネット奏者、全員女性によるホーン・セクション、そして2名の女性サウンド・エンジニアが参加している点も特筆すべきポイントである。
「私は以前から、音楽における女性の立場、特にジャズ界における女性の存在に関心を持ってきました」と語るフロアは現在、33歳。文学と映画を専攻した彼女は、9年間に渡りフロントを務めたパリ発のエレクトロ・ポップ・バンド、ランペラトリス(L’Impératrice)において、男性中心の編成の中で作詞を担い、フェミニズムや自己解放をテーマに据えつつ、ミソジニーを風刺する表現をしばしば行ってきた。
さらに、月刊フェミニスト・ポッドキャスト「Cherchez La Femme(女を探せ)」のホストとして関連イベントも手掛ける中で、フロアは次第に、自分自身の真実に向き合い、人生を取り戻す時が来たことを確信するようになる。2024年9月、彼女はインスタグラムを通じて、正式にバンドからの脱退を発表した。
「この支え合うフェミニストの世界に身を置いたことで、自分が非常に有害な男性優位の環境に浸っていたことが見えるようになったわ。ツアー、作曲、パフォーマンスが絶え間なく続く中、それをひとりで認識するのは簡単なことではなかったわ」と彼女は語る。
「でも、私にとって第2の家のような存在であるル・ベゼ・サレでジャズを演奏することは、いつも私を生き返らせてくれたの」そう言って微笑む。「このミュージシャンたちとは、特別な繋がりがあるのよ。ジャズは、私に大きな喜びを与えてくれたの」
プロヴァンス地方の農村で育った四姉妹の長女であるフロアは、16歳の時、アヴィニョンの石畳の路上でウクレレを手にバスキング(ストリート・パフォーマンス)をしていた際に、同じくストリート・ミュージシャンであったモーランとトワに出会った。
「彼らは私より少し年上で、自由な即興ソロを交えた、洗練された魅力的な音楽を演奏していたの」とフロアは語る。「当時、私はチェロとクラシックピアノを学んでいたのだけど、ジャズについては何も知らず、控えめな声質だったから、音楽の世界に自分の居場所があるかどうかさえ確信が持てなかったわ」
「でもこの二人のミュージシャンと過ごすうちに、チェット・ベイカーのようなジャズの巨匠を知ったの。あの驚くべきトランペット奏者は、柔らかくニュアンス豊かな歌声を持っていた。スタンダード曲を学び、ソングブックを覚えたわ。エラ・フィッツジェラルドとナット・キング・コールに夢中になったわ」
彼らはトリオを結成し、レストランやプライベートパーティーで演奏した。後にドラムとパーカッションのマキシム・マリーを迎え、フロアがパリの音楽院でジャズを学ぶ傍ら、彼らはナット・キング・コールへの優雅で活気溢れるトリビュート作品を制作。この企画はル・ベゼ・サレで上演され、以来15年にわたり、断続的ながら続けられている。
ギャラリー写真:マヌー・ミロン
モーランとトワは歌も美しい。「More Understanding Than A Man」は、自然界のほうが男性よりも情緒的に寄り添ってくれる存在である、という思想を歌詞に据えた楽曲であり、それが書かれた時代背景を考えると、ほとんど逸脱的とも言える感触を帯びている。辛辣さと飄々とした無関心さが同居するこのプロト・フェミニズム的な賛歌は、フロールにとって正に授かり物のような楽曲である。とりわけ、作者であるマーゴ・ガーヤン自身と同様、この曲が歴史の中で忘れ去られかけていたという事実を思えば、なおさらである。
「マーゴ・ガーヤンは、私にとって大きなインスピレーションよ」とフロアは語る。「1960年代のポップ作品については少しは知っていたけど、彼女はとても秘密主義で、ほとんどデモ音源しか発表していないの。後に、彼女がジャズを学ぶところからキャリアを始め、オーネット・コールマンのような人物と仕事をし、その後、元夫でトロンボーン奏者のボブ・ブルックマイヤーを始めとする著名なジャズ・ミュージシャンたちとツアーをしていたことを知ったの。ただしそれは、彼女にとって嫌な経験でもあったのね。人々が彼女の柔らかな歌声について口出しをしてきたから。彼女はやがて表舞台から退き、影に身を置きながら、他の人のために楽曲を書くようになったわ。その中には「Sunday Morning」のように大ヒットした曲もあるわ。彼女はコードを操る感覚に長けていて、作詞家としては、皮肉とユーモアが強力な武器になることをよく理解している人だったわ」
シングルのB面に収められた「Dis, Quand Reviendras-Tu?(「いつ帰ってくるの?」)」の崇高とも言える解釈もまた、物語の前提を反転させる点に着目して選ばれている。この楽曲は1962年に、共作者でもあるフランスの伝説的シャンソン歌手、バルバラによって初めて歌われた。水夫の恋人の帰りを待つ女性の心情を描いた曲である。
「素晴らしいのは、ただ待つだけの女の歌ではないところよ」とフロアは言う。「彼女は、あまりにも世界が暗く惨めだからこそ、恋人がいつ戻ってくるのかを問いかけているの。でも最後にはこう言うの。『永遠に待つつもりはない。もし戻ってこないなら、私を温めてくれる別の太陽を見つけるわ』って」
自分自身の真実に踏み出し、自由を祝福すること。
これが、フロア・ベンギーギ&ザ・センシブル・ノーツである。歓びに満ち、何ものにも言い訳をしない、純然たるジャズである。
フロア・ベンギーギ&ザ・センシブル・ノーツ i-330
Available to purchase from our US store.ジェーン・コーンウェルはオーストラリア生まれ、ロンドン在住のライター。イギリスとオーストラリアの出版物やプラットフォーム(SonglinesやJazzwiseなど)へ芸術、旅行、音楽に関する記事を執筆している。ロンドン・イブニング・スタンダード紙の元ジャズ評論家。
ヘッダー画像: フローレ・ベンギギ。写真:マヌー・ミロン。



