音楽史における偉人の中でも、クインシー・ジョーンズほどの存在はそう多くない。
実に80年に及ぶ驚異的なキャリアの中で、彼は作曲家、指揮者、編曲家、そしてプロデューサーとして、マイルス・デイヴィス、レイ・チャールズ、フランク・シナトラ、スティーヴィー・ワンダー、マイケル・ジャクソン、スヌープ・ドッグに至るまで、信じがたいほど多彩なスターたちと仕事を共にして来たのである。
ビバップからヒップホップに至るまで、ジョーンズ――友人や敬愛者たちには単に「Q」と呼ばれた――は、20世紀のポピュラー音楽の発展を支えた原動力であり続け、2024年、91歳でこの世を去るまでその歩みを止めることはなかった。

記念碑的な20枚組CDボックス・セット『ザ・レガシー・オブ・クインシー・ジョーンズ』は、フランスのプロデューサー、ステファン・ルルージュの制作・監修によるものである。彼は2019年、すなわちこの伝説的音楽家が逝去する5年前に始まった対話をきっかけに、Qと密接に協力しながら本プロジェクトを実現させたのである。

クインシー・ジョーンズの遺産 20枚組CDボックスセット

「彼に約束した言葉を守ることにしたんだ」とルルージュは語る。「彼がいなくても、このボックス・セットを完成させ、彼のディスコグラフィーを年代順に辿る様な構成にしたいと思ったんだ」実際、本作はQの最初の録音である1952年、ライオネル・ハンプトン&ヒズ・オーケストラと共に19歳のQがトランペットを吹いた「キングフィッシュ」から始まり、彼の最後の録音、2024年11月にQ自身の指揮で収録されたヘンリー・マンシーニ作曲「ピーター・ガン」のニュー・アレンジ、にまで至るのである。

The Legacy of Quincy Jones 20 CD Boxset

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ルルージュにとって、このプロジェクトにおける「フランス的文脈」はきわめて重要である。
Qの初期アルバムのうち、『Et voilà!(エ・ヴォワラ!)』と『Confetti(コンフェッティ)』の2作は、彼がパリへ移住した後の1959年、フランスのバークレー・レーベルから発表されたものであった。

ジョーンズ本人にとっても、それは大きな転機であったと言える。
「レーベルの代表エディ・バークレーが、彼を専属アレンジャーとして迎え入れたんだ」とルルージュは説明する。
「クインシーは最初の妻と娘を連れてパリへ移る前に少し逡巡した。そしてバークレーにこう尋ねたんだ。『弦楽器のオーケストレーションも書かせてもらえますか?』と。当時、アメリカではアフリカ系アメリカ人に弦楽の編曲を許されていなかったんだ。するとバークレーはこう答えた。『もちろんだ。なぜいけない?君が望むように、好きな楽器のために作曲してくれ』と」

「クインシーは私にこう語ってくれた。『生まれて初めて、自分の肌の色が問題にならなかった。ただ一人のアーティストとして扱われたのだ』とね」

クインシー・ジョーンズ・オーケストラ
1960年8月29日、ヘルシンキのクルトゥウリタロで演奏するクインシー・ジョーンズ・オーケストラ。写真: フィンランド遺産庁/プレス写真アーカイブJOKA、Hufvudstadsbladet。

「Et Voila!」は、Qの膨大な作品群の中でも特に刺激的な作品であり、ルルージュはこれを「真の傑作」と呼んでいます。「The Legacy of Quincy Jones」では、未発表曲が収録され、Qの最も奥深いジャズアレンジを聴く機会を提供しています。テナーサックス奏者のドン・バイアス、ドラマーのケニー・クラーク、フランス人ヴァイオリニストのステファン・グラッペリといったジャズ界の巨匠たちの素晴らしい演奏が聴けます。 『Et voilà!(エ・ヴォワラ!)』は、Qの膨大な作品群の中でもひときわ刺激的な作品として際立っており、ルルージュが「真の傑作」と呼ぶ作品である。

今回の『ザ・レガシー・オブ・クインシー・ジョーンズ』では、未発表音源を加えた形で収録されており、テナー・サックスのドン・バイアス、ドラマーのケニー・クラーク、そしてフランスの名ヴァイオリニスト、ステファン・グラッペリら、錚々たるジャズ界の巨匠たちによる演奏を通じて、Qの最も深淵なジャズ・アレンジの一端を聴くことができる。

本ボックス・セットのもう一つの大きな特色は、Qが手がけた膨大な映画音楽に焦点を当てている点である。1969年の『ミニミニ大作戦(The Italian Job)』、1973年の『ゲッタウェイ(The Getaway)』、1967年の『夜の大捜査線(In the Heat of the Night)』といった名作サウンドトラックが、実に10枚に渡って収録されている。
とりわけ人種差別が色濃く残る南部で奮闘する黒人刑事ヴァージル・ティッブスをシドニー・ポワチエが演じた作品『夜の大捜査線』は、公民権運動期のアメリカにおいて「黒人作曲家クインシー・ジョーンズ」が持つ存在意義を象徴するものでもある。
この映画のテーマ曲はQが作曲し、レイ・チャールズが歌った。Qはルルージュにこう語っている。
「とても誇らしく思った。オープニング・クレジットにシドニー、レイ、そして自分の3人の名前が並んでいることが、私たち全員にとっての象徴だった」と。

しかしルルージュによれば、Q自身が最も誇りに思っていた映画音楽は、1967年の『冷血(In Cold Blood)』であるという。
この作品は、トルーマン・カポーティの同名ノンフィクション小説を映画化したもので、1959年にカンザスで起きた一家殺害事件を題材としている。
「クインシーは実際の犯人たちの肉声の録音を聴き、それを音楽的に翻訳する、つまり彼らの声の抑揚や音色を音で再現する、という発想を得たんだ。彼は2人のジャズ・ベーシスト、レイ・ブラウンとアンディ・シンプキンスを起用し、オーケストラを伴奏に徹しさせ、ベースに主旋律を担わせた。つまり、通常の作曲プロセスを逆転させた。これは非常に大胆な試みだった」とルルージュは語る。

常にポピュラー音楽の最前線に立ち続けたQのサウンドトラック群は、その時代毎の音楽的潮流を映し出すバロメーターでもある。彼自身が創り出した“最先端の響き”を、これらの作品が体現しているのである。
『夜の大捜査線』からわずか3年後、Qはその続編『続・夜の大捜査線(They Call Me Mister Tibbs!)』でも音楽を担当した。
「ほんの数年の間に、音楽はよりブラックスプロイテーションになっているんだ。ビリー・プレストンがオルガンを弾いていて、これが実に見事なんだ!」とルルージュは興奮気味に語る。

Qの全キャリアを貫いているのは、変化し続けるジャズへの尽きない探究心である。
「彼は20歳の頃にはすでにビバッパーだった」とルルージュは言う。「そしてその後も、ジャズのすべての進化、あらゆる語法を追い続けた。特定の時代に留まることを嫌い、常に若々しくあろうとしたんだ」

この絶えざる探求心と柔軟さこそが、Qに幅広い音楽領域のスターたちとの強固な絆を築かせた。
ボックスセットに収められた1989年のアルバム『バック・オン・ザ・ブロック』も、その象徴的な一枚である。
この作品には、マイルス・デイヴィスやディジー・ガレスピーといったジャズの巨匠たちに加え、ルーサー・ヴァンドロスやディオンヌ・ワーウィックといったソウル・スター、さらにはラッパーのアイスTやビッグ・ダディ・ケインまでもが参加している。
「サラ・ヴォーンもエラ・フィッツジェラルドもこのアルバムに参加しているんだ」とルルージュは熱を込める。「彼には、これだけ多様な人々を一堂に集める力があったんだ」

最終的に『ザ・レガシー・オブ・クインシー・ジョーンズ』は、ポピュラー音楽史における最も偉大な建築者のひとりの業績に改めて光を当てるものである。
それは、Qが愛した無数の音世界の中に深く入り込み、その広がりと多面性を体感するための機会である。
ルルージュの言葉を借りれば「このボックス・セットの狙いは、クインシーのインスピレーションの多様な側面を示し、明らかにすることにある」のである。

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ダニエル・スパイサーは英ブライトンを拠点とするライター、詩人。The Wire、Jazzwise、SOnglines、THe Quietusなどに寄稿している。ドイツのフリージャズ界の伝説的存在であるペーター・ブロッツマンとトルコのサイケデリック音楽に関する著作がある。


ヘッダー画像: 1960 年 8 月 29 日、ヘルシンキのクルトゥウリタロで演奏するクインシー ジョーンズ オーケストラ。写真: Finnish Heritage Agency / Press Photo Archive JOKA、Hufvudstadsbladet。